始まりは、携帯電話の着信音だった。
元々彼は電子機器に強くない。携帯電話を携帯しないなんて当たり前で、持っていたとしても電源が入っていない方が多い。
一度だけ理由を聞いたことがあるが、野良猫と戯れてる最中に鳴って逃げられた事があるからそれ以来電源は極力入れたくないと、よくわからないことを告げられた。メールなんて一度もしたことがない。送ったことは幾度かあるが、返ってきたことは一度としてない。
翌日話を聞けば、電源が入ってなくて気づかなかったと言われたり、何度か教えた筈だが返信の仕方がわからないと言われた。
だからこそ、彼専用にしてある着信音が珍しく鳴り驚くのは俺だけじゃないはずだ。

少し前に流行ったバンドの曲が鳴っている。早くでなければ切れてしまうと思い携帯を手に取り開いて見れば画面にはやはり【千歳】と書かれていた。

(勘違いや無かったんや)

「も、しもし?」
通話ボタンを押して声を掛けてみる。少し上擦ってしまってカッコ悪い。

『…謙也くんで間違いなか?』
「スピードスターは俺しか居れへんっちゅー話や!お前こそ本間に千歳?ユウジとかやないよな?」

自分から掛けてきた癖に本人かどうか確認するなんて千歳意外無さそうだが、万が一モノマネ上手な部活仲間からの嫌がらせだったらと思うと聞かずには居られなかった。

『ん?なしてユウジくん?』
「…ま、ええわ。ほんで千歳から電話やなんて始めてやん。なんかあったん?」

案の定意味が通じておらず逆に問い掛けられる。真面目に返すのも面倒で早々と用件を切り出した。
正直な所せっかく好きな子から電話をかけてきてくれたのだから、色々と話したいところだが、如何せん千歳は人の話を聞いていない。
ほーやら、うんで大体の会話は終わってしまうのだ。
そんな気まずい空気の中長々と電話を続けるなんて至難のわざだ。

『なんとなく謙也くんの声聞きとうなった』
「…はあ?俺の声?」
『うん、なんとなく。さっき猫さんば追い掛けて散歩してて、空見たら月が綺麗やったけんあ、謙也くんと思ったたい。だげん電話したんよ』

電話越しにカラカラと窓を開ける音が聞こえ、同じようにベッドから起き上がり窓から月を見上げてみる。

「なんや、いつもと変わらんやん」
『そげなことなかよ』
「ほんまかいな?」
『うん。いつもより光ってて謙也くんみたいやね』
「全然わからんわ」

苦笑混じりに答えれば向こうからもふふっと笑い声が聞こえた。

『ん、謙也くんの声聞いたら何だか安心したけんもう寝るね』
「なんやようわからんけど安心したならええわ」
『ありがとお。それじゃあ、おやすみ』
「おーおやすみー」

ピッと音がして電話が切れる。画面を見れば通話終了の文字が映っていた。
ベッドへ戻り履歴ボタンを押せばきちんと着信履歴の欄には【千歳】と表示されていた。

(あーなんや、やっぱ間違えやないんやな)

じわじわと千歳と電話をした事実を実感していく。
きっと千歳から電話をかけられたなんて部活のメンバーの中じゃ俺だけだ。一番連絡を取り合ってるであろう白石ですら掛けてもらったことはないだろう。
その事実が嬉しくて顔が綻んでしまう。

「あー千歳好きやー」

誰に言うでもなく、なんとなく呟く。もちろん返事があるわけもなく虚しくなって弄っていた携帯を充電器へと差し電気を消してベッドへ横になる。
明かりを消したことによって、カーテンに遮られてはいるがうっすらと月明かりが見える。
この月明かりのおかげで千歳は電話してきてくれたんやなあと思うとお月様に感謝の気持ちが浮かんだ。
明日も月が綺麗だったら、今度は俺から電話しようと心に決め眠りについた。


( 月 と 恋 心 )




何だかまた気に食わない/(^^)\
謙ちとだと言い張ります。
0616