DEATH MATCH部屋

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 もそり、と毛布から顔を出すのも億劫なほどだった。暖かい中とは違い、外は凍てつくように空気が冷え切っている。ゆっくりと時間をかけてベットから起き出したティーダはその寒さに体を震わせた。寒いはずなのに、体の内側は燃えるように熱い。表面と中の温度差が気持ちが悪い。

「(うっわ…もうこんな時間じゃん)」

 ティーダは朝特別弱いわけではない。けれど今回は何故かアラームが何度鳴っても起き上がれなかった。毎朝の習慣であるジョギングも今日はサボってしまっている。しばらくぼーっとしていたティーダだったが、学校の準備のためのろのろと立ち上がる。動作は鈍い。
 ぺたぺたと冷たい家の中を歩いてリビングに向かう。父親との二人暮らしだが家事の主はティーダが行っている。簡単に朝食を作ろうかとも思ったのだが、どうにもだるかった。シンと静まりかえった家に、ティーダはため息をついた。

まだオヤジ、帰ってきてないんだ。

「別に…帰ってきてほしいわけじゃないけど」

 ティーダの独り言が響くくらいには静かだった。あまりにも静かすぎる家に耐えかねてテレビをつける。
 父親のジェクトがいるときは嫌になるほどうるさいのだ。けれど、一人分の食事をつくるのはやる気が出ない。どんな相手でも、食べてくれる人がいるほうがいい。
 ティーダは朝食を作るのをやめた。

「(今日、アーロンとこにいこっかな)」

 なにもする気がおきなくて、ぼんやりとテレビを見つめる。時刻は既に8時を回っていた。熱い目の奥のせいで、視界が少しゆがんでいる。ああ、気のせいだったらよかったのに。ティーダは盛大にくしゃみをした。

「完全風邪じゃん…最悪」

 テレビには、ブリッツで優勝したエイブスチームのエース、ジェクトの姿が映っていた。


 今期ブリッツトーナメントは、距離でいうとここから飛行機で約半日はかかるフライトをしなければいけなかった。トーナメント決勝戦から丸一日経ってはいるが、ジェクトがすぐに帰ってくるはずがない。現地で飲み歩いているころだろう。
 つまり風邪を引こうか倒れようがそのティーダに気づく人はいないわけだ。そのことに少し恐ろしくなったティーダは、学校に連絡を入れるとともに万が一のためにアーロンにもメールを飛ばしておいた。返事がこないところを見ると仕事中なのかもしれない。 

 ところで、ティーダは幼い頃から健康優良児を地でいっている子供だった。今までに一度インフルエンザにかかったことがある以外はまったく風邪などは皆無なほどに。その一回っきりのインフルエンザのおかげで自分は今風邪を引いていると気が付いたくらいだ。その父親のジェクトもほとんど同じといっていいだろう。したがって、この家には体温計はかろうじてあれど薬なんてもってのほかだった。

 脇にさした体温計が体温を測っている間、ティーダはその後のことを考えていた。

「(体温測って…ご飯と水は沢山飲んで。あとどうするんだ。病院?行ったほうがいいのかなあ。病院って…保健書と…あれ、保健書どこだっけ。)」

 体温計の場所さえわからなかったティーダは不本意だがジェクトに電話をしてみたものの、やはりつながらない。結局は自力で探し当てた。ピピピと鳴る電子音を放つ体温計に表示されている数字は、ゆうに平均体温を超えていた。

 自覚すれば、急に熱があがったように体は熱く息は荒い。 
 テレビの音が煩わしくて消してはみたものの、今度は寂しくてたまらなかった。まるで、あのときみたいに。

「……うん、寝よう。とりあえず寝てれば治るだろ」

 もうおぼろげにしか思い出せない母親の姿は、いつだって後姿だった。玄関から夫を見送って初めて、彼女はティーダを見る。ティーダを見る目はいつだって、夫の面影を探しているような視線だったけれど。寂しかった。自分から母親をとるジェクトが許せなかった。だから彼の、ティーダを気遣う不器用な愛に気づかないまま。少し成長した今だって、あんまりにもお互いに不器用すぎて、後になってからしか気が付かない。ソファの上で気絶したように意識を手放したティーダには、何度も携帯が震えることに気が付かない。

 所謂ティーダは絶賛反抗期中だ。ジェクトと同じく高校生にしてブリッツの選手であるがゆえに超えるべき壁でもある。同じ試合にも出たことがある、今回のトーナメントだってティーダはレギュラーだったのだ。それなのにジェクトのせいでティーダは出場せずテレビで活躍を眺めているだけになった。今思えば、ティーダの体調が悪かったのを見抜いていたのだろう。遠征に同行することすら許されなかった。チームのほうも、父親で同じく選手のジェクトの言葉を無視してまでティーダを連れて行こうとはしなかった。いつも後になって気づく。ジェクトは必要な言葉が足りないくせにティーダの神経を逆撫ですることばかり言うせいだ。ティーダだって別に意思疎通をしようとしていないわけじゃない。
 くそオヤジ。そういって泣くティーダの傍を、からかいながらも離れないことくらいわかっていた。
 一人は寂しい。そんなティーダの心を、わかっていたことくらい。
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