DEATH MATCH部屋

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シャイニング事務所所属の人々が住まう寮のラウンジからは壮大な広さを誇る中庭が垣間見える。春先といえどまだ寒さの残る廊下を歩いていたトキヤは、中庭から聞こえる小鳥のさえずりに足を止めた。
 空調が設備されているというのに冷えていたのは窓が開いていたせいらしい。

「(無用心ですね…)」

 朝方で人気はないし、外にも警備員が回っているといってもこのような怠りをトキヤは好まない。何かがあってからでは遅いのだ。心配しすぎなくらいで丁度いい。この寮には、タレントやアイドルなどの芸能人が住む。ファンがとこからか侵入してこないとも限らない。侵入したところで、早乙女に滅されるだろうけれど、それでもだ。

 少し苛立ったように窓に近づくトキヤの耳に、やけに小鳥の声が届く。まるで、群れでも近くにいるような。
 不思議に思い窓を閉める前にすっかり太陽が顔を出した外へと視線を向ける。

「っな、四ノ宮さん…!?」

 静寂の朝は小さなトキヤの声をも響かせる。慌てて口を押さえたが、小鳥たちも動く気配がない。心なしかほっと胸を撫で下ろした。
 トキヤの予想通り、群れといえる数の小鳥たちが一箇所に集まっていた。眠る那月を中心に。遠目でもわかるくらい、樹に寄りかかって目を閉じる那月は健やかに寝息を立てている。そんな彼を守るように、小鳥たちが寄り添っていた。那月の膝には子猫も丸まっている。
 なんという光景だ。まるで、昔見た絵本のようなファンタジックのような、メルヘンのような。眠り姫や白雪姫にも負けないその光景は那月の存在が更にそうさせているのが恐ろしい。

 しばらく眺めていたトキヤは緩やかな風に身を震わせた。

「風が冷たい…。はあ、仕方ありませんね」

 当初の目的通り窓を閉めると、素早く踵を返しトキヤは来た道を戻っていった。
 





 近づくと、膝にいる子猫がぴくんと耳を立てたっきり動かなくなった。飼い主でもないであろう人のそばで、こんなにも安心させることが出来る那月に都会は似合わない。改めてトキヤは思った。緩やかにカールしたミルクティー色の髪がふわふわと風に揺られている。那月はいまだ眠り姫のように目を閉じていた。姫というには、些か大きい気もするのだけれど。
 トキヤが近づいても彼らは動かず、変わらず愛らしい声で歌うようにさえずる。人慣れをしているのか、那月がいるからなのか。トキヤにはわからない。
 トキヤの手にはブランケットが握られていた。自身が愛用しているものだ。風は変わらず冷たい。いくら那月が丈夫だからといって、これでは風邪を引いてします。といってもトキヤは彼を起こせる自信はなかった。翔の話では、彼を起こすのには根気がいるそうだ。レンともども同期の最年長は手がかかる。
 だからせめてもと、ブランケットを持ってきたのだけれど。

「…ん。…あ、れ…?トキヤ…くん、…?」

 どうやら起こしてしまったらしい。那月は眠そうに目をこすると瞬きを数度繰り返す。その様子が無邪気な子供のようで、トキヤはいろんな意味で彼が年上だと忘れそうになる。

「すみません…起こしてしまいましたか」
「ああ…トキヤくんだ。おはようございます。…あれ?僕はどうしてここに?」

 聞かれても困る。まだ眠りさら覚めていないのかいつにも増して口調がふわふわと心もとない。

「こんなのところで寝ていたら風邪を引きますよ。昼間は暖かくても、夜や朝方はまだ寒いんですから」
「はい、たしかに、少し寒い…。ふふ、トキヤくんお母さんみたい」
「……私より年上の子供を持った覚えはありません」
「でも、…ふわぁ。まだ眠い…。あ、トキヤくん、それ。もしかして僕に?」
「はい。でも、起きたのでしたら部屋に戻ったほうがいいかと」
「ありがとう、トキヤくん。でも、子猫ちゃんも寝てますし…」

 那月の膝で丸まっていた子猫はいつの間にかリラックスの極みにいるのか外だというのに体を伸ばして眠っていた。それを那月は愛しげに撫でる。

「あ、トキヤくんもご一緒にしませんか?」
「……遠慮しておきます」
「うーん。残念」
「もし、ここにいるのなら差し上げます。くれぐれも風邪を引かないでくださいね」
「体調管理もアイドルの仕事、ですもんね。大丈夫です。冬の北海道でも引いたことないんですよぉ」
「それは…」

 きっと、貴方だけですよ、とは言わないで置いた。ブランケットを受け取った那月は、既に船を漕いでいる。

「暖かい日であれば、いつかご一緒しますよ」

 聞いているのかはわからないが、返事を待たずトキヤは背を向けた。とてもこんな寒い日には難しいが、小鳥の子守唄はそれほど悪くないかもしれない。
 那月の寝顔を見ていると、不思議とそう思うのだ。
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