今、僕は生きてるよ



ある日の昼下がり。不知火一樹は昨日の夜から嫌な雰囲気を感じ取っていた。それは夜空を彩る星々が彼に記してくれたもので。
そういう日は、今までに何度となくあった。
そして、必ず不知火が駆け付けた時には彼は懲りずに同じことをしているのだ。

また、だ。
急がなくては。

不知火が必死で走り、駆け付けた先は、彼が在学中に良く居たあの場所。

「また!駄目だって言ってるじゃないですか!」

不知火はバシッと水嶋の手をはたいた。
カラン、という無機質な音がして、その後に床に叩きつけられるのは赤い液体で飾られた剃刀だった。

あぁ、今日は、間に合わなかった。

地面に落ちた剃刀からは血がとろとろと地を這い、視線を上へ上へと上げて行けば、水嶋の手首はぱっくりと深く抉られていて、剥き出しになった肉間から赤い血がどくどくと流れ出ていた。

リストカット

それは水嶋が星月学園に在学していた頃から頻繁に繰り返していた自傷行為。
不知火が恋人となり、情事の最中にその傷跡に気づいてからは何度となくその行為を阻止し、もう止めてくださいね?といつも念を押しているはずなのだが、分かったよという水嶋の言葉を信用してはいけない。
それは、彼がその場をやり過ごすためにいつも付く嘘だから。

水嶋と少し会っていなかったうちに、これまた随分と傷痕が増えてしまったものだ。最小の方はひっかく程度だったものが、最近の後は深々と彼の白い腕に赤黒いラインを引いている。

「不知火君…か。残念だったね、今日は僕の勝ち」
「…そういう問題じゃ…ないでしょう!?こんな…こんな、自分を傷つけるようなこと、止めてください!」

不知火の身を貫くような悲痛な声にも水嶋の耳が傾けられることはない。
ただ、自分の腕からひたすらに流れて行く、血液の行方をただただ可笑しそうに見つめているだけ。

不知火は舌打ちをした後、胸元から包帯を出して水嶋の傷口の上の方をきつく縛った。
止血をするためだ。

「何で…きみ、そんなの持ってるの?」
「俺も、生傷が絶えないんでね…」

ふうん、という気のなさそうな返事を受けながら、不知火はポケットからハンカチを出して傷口に当て(清潔かどうかは分からない、が)上から訪台を少しきつめにまきつけた。

「どうも」
「…っ、そんな痛そうな顔をするくせに、どうして…こんなこと、」

するんですか?という言葉は水嶋の唇が押しあてられたことによって、音になることを拒まれた。

「っ…」
「君には、分からないよ…。大切な人がいなくなって、周りに誰もいなくなって…居場所がなくなった。そんな中で」

水嶋は少し動きを止め、黙ったかと思うと包帯を胸ポケットにさしてあった鋏で一気に切った。そして、居間でに血を流していた傷口を爪で抉る。

「郁!」
「ほら、こうしていれば、君が…一樹は、心配してくれる、少なくとも僕のもとに来てくれるでしょう?不安なんだよ、こうでもして、君が来てくれる、君がまだ僕のことを想って、固執してくれてる……そう思わないと、確認しないと、怖くてやってられないんだよ……!!」

未だに血液は元気に傷口から溢れ出て、世界を赤く染めてゆく。それはまるで彼の体内に居たくない、と逃げて行くかのようだったが、彼の心臓がしっかりと鼓動を刻んでいるという証。

かつて、姉の胸元に耳を当てて聞いた、あの温もりのある鼓動が自分の中で時を刻んでいる証なのだ。

「俺は、郁のことが「好きとか、愛してる、大切だ…そんなこと言わないでよ?…僕は、そんなの信じない。リストカットは、僕の存在確認なの、いい?食べてても、寝てても、君と唇を交えてようとも生きてるっていうリアリティがないんだよ。…でも、この血が流れて行くのを見ているときだけはこの痛みを感じると、あぁ、僕は今君に愛されて生きているって思えるんだよ…」

水嶋、彼の詞は最後のほうに涙が交じり、かすれていた。
それが、よけいに水嶋の思いが伝わって、不知火に思いを強く与えた。

あぁ、
今すぐにでも彼を、
この流れる血液ごと抱きしめてしまおうか?


誰よりも一人を寂しがり、愛し愛されることに憶病な貴方の弱さごと俺が、守って見せる、なんて
そんなことを言ったら、また郁は“安い”と怒るだろうか?









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