桜の季節
「もう…春が来たのか…」
美しく桜の木の下。
そこに佇むは、涙を一筋流す綺麗な顔をした青年。
桜とはまた違った綺麗さを持つ赤い髪を風に自由に泳がせながら、唯たった一人きりで涙を流しているのだった。
「桜がもう一回咲く頃に、此処に絶対に帰ってくるから、さ」
「本当に?絶対?」
この木の下にいると、あの時のことが鮮明に蘇ってくる。それは、それはあの日だってこの木は美しい花を咲かせていたものだ。
桜の季節
東月と土萌は何かがあるとこの、彼らが打ち解けるきっかけを作ってくれた桜の木のもとへ来るのが決まりの様になっていた。
「錫也、僕…錫也が好きだよ」
愛してるの告白も、
ありがとうの返事も
大好きだよ、な毎日も。
全てこの桜の木のもとでなら素直になれる様な気持ちさえしていた。
しかし、事態は悲しい方向へ動き出す。
「俺…後、半年の命だって」
七海の命が後半年、と言われたって納得がいかないのだ。今まで元気だった東月が…という事実に、土萌が素直に頷けるはずもなく、病院まで説明しろと押し掛けた。
その病院の診断に納得いかなかった土萌は、東月の手を引いて、そこら中の病院を渡り歩いた。
しかしその診断は、
何処の病院でも同じだった。
「は、は…まいったな…」
渇いた笑いを浮かべながら、東月の優しい瞳がかなり動揺していた。
大丈夫だよ、そんなにすぐ錫也は死んだりしないよと土萌は言ったが、それも聞いているのかいないのか分からない表情でうっすらとした笑顔を返しながらそうだねと呟くだけ。
「しっかりしてよ錫也!ねぇ…「あのさ、羊…俺と、別れてください」
そんな悲しい言葉を突き付けられたのも、そう。あの桜の木の下。
何でこんな哀しい結末を迎えなくてはならないのだろうか?
「何でそんなこと言うの!?…錫也は大丈夫だよ!この僕が、彼氏の僕が言ってるんだよ?」
土萌がそう言うと、東月は薄く笑った後、そうなんだけど、でも…と言った後、小指を土萌の前に突き出した。
「約束して…一年後、もし俺が生きてたら…羊と、会えるくらいになってたら絶対に此処に会いにくる。それで…もう一度、今度は俺から羊に告白する…」
その約束の為に、俺は頑張る。必ず此処に帰ってくるから、今だけお別れしてください。
そういう東月の言葉に反論も出来ず、ただ絶対だよと約束し、二人で永いキスを交わした。
「絶対に帰ってくるよ!」
そう言って、泣きながら笑った彼の笑顔、言葉が…土萌の聞いた、見た最後の東月の姿だった。
「錫也の嘘つき…桜、もうこんなに綺麗に咲いちゃってるじゃん…。僕、約束の為に戻ってきたんだよ…」
錫也と見上げた空は、桜は鮮明に残っている。
「あんなに綺麗な桜、見たことないな」
そうやって、嬉しそうに笑ってたんだよね。その顔がすっごく可愛くて、さ。
世界中の人が、それを忘れても僕だけはちゃんと一人、覚えてるよ、絶対に。
「あ、」
その時、強い風が吹いて、桜の花弁が高く空へ舞った。
錫也のもとへと、届け。
さくら、
さくら、後少しだけ
僕の我儘を聞いて
さくら、
さくら、届けておくれ
花弁に想い乗せ…
「錫也、すっごく桜が綺麗に咲いてるよ。…錫也の居ない、この場所で、桜がすっごく…っ、凄く綺麗に咲いてるんだよ…ねぇ、錫也ぁ!」
君が来てくれないと
僕は此処から動けない