恋人を射ち堕とした日


「どうして…?どうしてぇええ!?」

抗えぬ運命に、ただひたすらに涙を流すのみ。

恋人を射ち堕とした日


僕が昔から生きてきた村は、昔からの古いしきたりや習慣、古い言い伝えがいまだに強い地域だった為に、周りの村とは違った独特の雰囲気を持った村だった。

若い人間は、皆しきたりを馬鹿にして村から出ていく者も多かったけれど、そんな人間達も信じていた唯一の言い伝え。

"魔物に傷を負わされし者は"
"呪いが全身を駆け巡り"
"やがて同じ魔物に成り果てる"

そんな伝承を未だに信じていた。
だから、薄暗い不気味なその森には近づく者がいなかった。…のに。

「颯斗、お前が取って来いよ」
「えっ?この中は…」
「お前なんて居ても居なくても皆変わらないもの、大丈夫よ」

兄と姉が遊んでいて、例の森の中に飛ばしてしまったボールを取ってこいと言い出したのだ。

僕が必死に嫌だと言っても、聞き入れてくれるはずもなく。

「…分かりました」

確かに、僕は村の外れ者だった。
皆が美しい紅の髪を持つこの村の中で僕だけは色素の薄い桃色の髪。
この"古く"からに縛られた村でそんな事が許されるはずもなく。

「ない…ですねぇ………」

敬語はこの身を守る為に身につけたもの。
この言葉でいれば、話相手は僕を下に見て、いい気分になり特に何も言ってこないことが多いからだ。

その時、ガサッという音がして、音のする方へ向くと、そこには黒い影の様な、大きな大きな魔物がいた。

「あ、」

僕が後ろずさりをすると、木の根元がそこにあり、躓いて転んでしまった。

魔物が僕に向かって動いて来る。
あんな醜い姿に、僕は形を変えてしまうのだろうか。

そう観念して、目を閉じた時、"危ない"誰かの叫び声が聞こえたのを暗闇の中で聞いた。

"それは彼がその子を"
"助けたときに負った傷"

目を覚ますと、美しい銀の髪をした男が僕の顔を覗き込んでいた。


「あ、の…?」
「よかった!」

お前、無事だったんだなとその男は、僕のことを抱き締めた。

男は、名前を不知火といった。

彼の肩をふと見れば、痛々しい包帯が。

「それ、は…?」
「あぁ、これは…」

さっき、ちょっとな?と苦笑いをする。
まさか、…僕が思ったのは真実だった。
彼は、不知火は、僕を庇って魔物からの攻撃を受け、傷を負ったのだ。

「お婆さま、卑しい私めに御教えて下さい。魔物の呪いは、いつ全身を巡るのですか?いつ…あの末にも恐ろしい怪物に成り果てますか?」

村で一番偉い、長生きのお婆さまのところに駆けて行って、彼の未来を聞いた。

傷を受けたその日から
丁度十年後。

それは、僕が十八になる年だった。
その時が来る迄ひたすら彼に尽くそうと、僕はずっと彼の傍にいることにした。

そして当たり前のように

「颯斗、愛してる」
「は…い!」

貴方を好きになり、
ただ、ひたすらに愛し合う様になった。

別れるのが、辛くなるという事が、目に見えているというのに。

あぁ、愚かな僕はまた不知火さんを不幸にしてしまった。

彼は、自分の運命を知らないのに。


彼が、暴れだす時が来た。
一回、我を失い、僕に手をかけた。三回程、ぼんやりしながらものを荒らした。

しかし、彼に記憶はない。


七年目の丁度、あの日。
僕は彼に、事実を告げた。
彼はその日、二十歳になった。

僕が、七年前の真実を話し終わると、神妙な顔つきで貴方は言う。

"避けられぬ終焉は"
"せめて愛しいその手で"

あぁ、罪深き僕の運命は、愛する人の未来を、命を奪おうとしている。

彼は僕の手を引いて、あの森まで連れて行った。

「一樹さん!?」
「此処。…此処が俺とお前が出逢った場所だ。せめて、此処で殺して欲しい」

俺が死ぬまで
この矢で、俺を射続けろ。

いいか?

俺は、お前を守れて幸せだったから

貴方の痛い位の眩しい笑顔が、涙を溢しそうな位に悲しい笑顔が、僕の胸を射ぬいた。


「あ、ああぁああっ!」

僕は目を背けながら血飛沫が跳ねなくなるまで、貴方に銀色の矢を放ち続けた。


"愛する人を失った世界には"
"どんな色の花が咲くだろう?"

すっかり冷たくなった彼の身体に触った。冷たくて、重くて、堅い。

この優しかった腕が僕を抱き留めてくれることは、もうないのだと思うと、悲しくて、狂おしくて、泣けた。

こんなに愛した、大切な人だったのに


"凛と緋く血濡れくちづけ"
"恋人を射ち堕とす"








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