君と共に生きる未来を此処から祈る
規則正しい、機械の音。
ぴこん、ぴこん、刻まれてゆく。
決まり正しい、時計の針。
一秒、二秒、刻まれてゆく。
でも、そうでなくては困るのだ。
その音は、今、彼が此処で生きている証拠。
これからの人生を一歩ずつ歩もうとしている証なのだ。
機械のリズムはゆっくりゆっくり確実に同じ速さで刻まれている。
その音は、俺を安心させてくれる。
同時に、俺を不安にもさせる。
どうか、哉太の手術が成功して、目を覚ましてくれますように――……
哉太は幼いころから戦い続けてきたあの病と決別するためにこの二十二歳の春、手術をするという決意を固めた。
理由は今春、羊と月子が結婚式を挙げるということ。
アメリカから帰って来る羊に、元気な姿を見せつけてやりたい、という哉太の意志からそれは決まった。
決して成功率は高くありません。
それでも貴方は手術をしますか?という医師の言葉に、哉太は一晩ください、と言い残して俺の手を引いて屋上まで連れて行った。
「哉太…今日の今、無理してやらなくてもいいんだぞ?」
正直、怖かった。
手術の失敗によって、哉太がいなくなってしまうなんて言うことを考えたら、怖くていられない。
二人の幸せそうな顔を見つめながら、哉太の遺影を手にして立ちつくして。
そして二人に笑って、おめでとうだなんて言えるだろうか。
…無理だ。
そんな自信は、俺にはない。
「ごめんな…。でも、俺、今やらなかったら一生出来ねぇ気がする。…ごめん。怖いんだろ?」
哉太は首を振ってそう言った後、俺の頭を撫でてくれた。
最近の哉太は、哉太の言葉は、俺を思いやってくれるものばかりで本当に成長したんだなぁと驚かされる。
「哉太の方が怖いはずなのに…俺がこんなんじゃ駄目だよな、ごめん」
哉太が強く、前向きに手術をしようとしているのに、俺という人間は本当に駄目な人間だ。
涙が出て来てしまって、どうしても堪えられなくなってしまった。
「あ、錫也…。泣くな、泣くな。大丈夫だから。死んだりしねぇからさ」
哉太は力一杯、俺を抱き締めてくれた。
その時、俺は哉太は自分を安心させる為の一晩を医者に言って、わざわざとってくれたのだ、と気付いた。
温かくて、力強い胸の中。
俺は頑張ってね、としか言えなかった。
大切な人の、大切なときに、力になってあげられない。
本当に最低だ。
ごめんね、哉太。
そして、手術の日。
哉太は麻酔をかけて眠る前に、俺を呼んだ。俺は、彼の傍に駆け寄って、手を握り締めた。
頑張って、頑張ってと願いを強く込めながら。
「錫也、これ…持ってろ」
哉太に封筒に入った手紙を渡されて"頑張るよ、錫也。愛している"と言ってくれて、彼は俺の頬にキスを落とした。
お母さんのまゆみさんには、こんなところでキスなんかして、馬鹿じゃないの!?と怒られていたけれど。
でも俺は、どうしても手紙を見ることが出来なかった。
ただ、それを握り締めて手術室の前に立っていると、交代になったのかまゆみさんが手術室から出てきた。
俺に気付いたのか、こちらに歩み寄ってきて、隣にどすんと座る。
「あ、まゆみさん、お疲れさまでした」
「錫也、さっきはあの馬鹿があんなに恥ずかしいことしてごめんね〜。…あ、それ……哉太が?」
俺の持っていた手紙にまゆみさんが気付き、指をさして言った。
ゴム手袋を脱ぎながらまじまじと封筒を眺めていたが、まゆみさんはいきなり俺のことを立ち上がらせた。
「それ、今、裏庭で読んでやって」
まゆみさんもとても哉太がやはり心配なのだろう。疲れているはずなのに、手術室の前から動かない。
俺は、素直にはい、と返事をして、裏庭に向かった。
もう裏庭は暗くなっていたけれど、だんだん温かくなってきた今。
そんなに寒いとは感じなかった。
「これ…は……」
哉太の決して綺麗とは言えない字だったけれど、しっかりとした濃い文字で書かれていた言葉。
―絶対に勝って、お前を迎えに行く―
そして、その中には、四つ葉のクローバーにもメッセージカードが付いていて、"こんなのが見つかるくらいなんだ。奇跡だって起きるって事だろ?だから大丈夫だよ"と書いてあった。
泣き虫で
弱虫だった三分間ヒーローは
「ん…」
「哉太…?哉太!?」
「…す、ずや…。ほら、大丈夫だっただろ?」
俺を優しく包んでくれる
強くて優しい、本当のヒーローになりました。
これから
ずっと一緒だね。