朝食のスクランブルエッグにケチャップをかける。ポーン。午前七時の時報。三秒後にニュースキャスターのお姉さんが笑顔で言った。 『一週間後、地球は滅亡します』 ケチャップが切れた。そして、ぼくの町は祈りの町になった。 流れ星がひとつ落ちた。落ちるまでに願いごとを三回唱えれば叶うって言うけれど、そんなの無理だ。死んでいく星に、何ができるというのだろう。 「こんなところで何してるの?」 足元から声がして、視線を向けるとキオがいた。こんなところ、とは屋根の上だ。キオも梯子を上ってきたらしい。 「星の観察」 寝転がったまま適当な答えを投げる。キオが近づいてきて、ぼくの隣に座った。相変わらず足音ひとつたてない歩き方だ。 「おばさんが下でお祈りしてたよ。ロアンはいいの?」 「いいよ。そういうキオは?」 「ぼくはかみさまを信じてないからね」 そう言って、キオは微笑んだ。 『地球滅亡宣言』から三日が経っていた。なんでもものすごいスピードで隕石が飛んでくるらしい。大きな都市では殺人とか自殺とか、その他もろもろ(ぼくは子どもだから教えてくれない)の犯罪が起きているらしいけど、ぼくの町は小さくて人々は熱心な教徒だから、みんな毎日教会に通って祈ったり懺悔したりしている。なぜかは知らない。救ってもらうため、だろうか。 「ぼくはかみさまを信じてないわけじゃないけど、祈ろうとは思わない」 「どうして?」 キオがやさしい声で聞いてきた。だって。 「祈りも許しも必要ないよ。だってぼくら生きているんだから」 かみさまはいるかもしれないけど、きっと救ってなんかくれない。 子孫を残すために生まれて、食べるために殺して、欲望で傷つけて、愛をほしがって。みんな純粋に汚れてる。砂糖にむらがる蟻だってきっと。甘い指をしている少女だってきっと。だけどそれは、咎められることじゃないはずなんだ。 「…びっくりした。ロアン、なんかちがう人みたいだ」 キオがぱちぱちと目を瞬かせる。 「そうかな」 「うん。子どもっぽいけど、大人みたい」 「なにそれ、めちゃくちゃじゃん」 ぷう、と頬をふくらませると、キオはあははと笑った。 「ごめんごめん。でも本当にすごいよ。ぼくなんかとは全然ちがうね」 「キオは何を考えているの?」 ぼくたちに残された、この瞬きのような儚い時間に。 「ぼくは…」 すっと、キオが空を指さした。その指に吸い寄せられるように天を仰ぐと、また星が流れた。 「今の流れ星、見た?」 「うん」 うなずくと、空を指さしていたキオの指が流れ星の軌跡を辿るように動いた。ゆるく、滑らかに。瞬間燃え尽きた命を、惜しむように。 「ぼくは、この星がくだけるとき、今の流れ星みたいに光ってほしい。そうして、この宇宙にいる他の生き物が、ぼくたちの終わりをきれいだねって笑って見てほしい」 今度はぼくが目をぱちくりとさせる番だった。 「…知らなかった。キオって、ロマンチストだったんだね」 「うん、そうみたいだ。ぼくも知らなかったよ、三日前まで」 くす、とぼくは笑った。なぜかはわからないけど、笑った。 「なら、地球滅亡もそんなに悪いことじゃないかもね。キオがそんなふうに自分を見つけられたなら」 そうかもね、とキオも笑った。 終わりを知って、はじめて気づくものがある。自分のねがい。人のやさしさ。夜の匂い。流れ星の色。 せつないけれど、かなしいことじゃない。ぼくたちはあわれなんかじゃない。 「あ、また流れ星」 「本当だ。朝までに何個流れるか数えようか」 「いいね」 きらりと輝く流れ星。もしかしたらあの星にも、誰かが祈りをささげているのかもしれない。 ここは、祈りの町。 ← |