やさしくしたいな、と思った瞬間には腹を踏みつけている。
ああまたやってしまったなんで俺っていつもこうなんだろう死ねばいいのに。だけどこの部屋にはロープをひっかけられるような場所すらない。滅びろ、世界。
サディスティックな欲望とネガティブが混在したまま乳首を噛む。右の頬を打たれたら左の頬を差し出せとはよく言ったものだけれどそれじゃ足りない。二の腕出してよ、噛みつくからさ。
ごめんね、と全く心のこもってない声で謝った。俺って致命的なくらい演技力ないな、とひとつ自分を知ってみたりして。




眠れないならキスをすればいいのに、つい舌をひっぱってしまう。苦しそうに顔を歪めたきみの目尻から分泌される涙を舐めとる。不幸せそうな目にゾクゾクする。
欲求が満たされるとかたかった枕は白くやわらかく、綿のつぶれた布団は羽毛があふれそうなくらいふかふかになった。安心して俺が眠るときみは何も言わずそっと俺の額や頬にキスをする。それくらい知っているんだよ。それくらいは人でない俺にもできる。
 

いつからこうなったのか、もう覚えていない。きっかけなどあちこちに散らばっている。ジャングルジムに登って見た残酷なくらい赤い夕焼け。使い切る前になくした消しゴム。初めて夢精してパンツを汚した朝。車にはねられた猫。食卓にこぼしたミルク。虐待をうけた子どもは虐待するようになるって言葉を見たのはもう遠い過去のことだ。原因もチャンスも等しくくだらない。
ぶった後に子どもを抱きしめて泣いて謝る親が大嫌いだ。愛しさと憎しみが痛む痣に刻まれて呪いになる。いっそ愛なんて言葉知らないままがよかった。舌を絡めて残るものなんて欲しくなかった。



朝、きみが作ったフレンチトーストを食べる。きれいなクリーム色で砂糖とシナモンが光るフレンチトーストは芸術。食感もやわらかく大好きなのに、「やわらかすぎだふざけんな」ときみが選んだ白く丸いテーブルをひっくりかえしてしまった。ふたりぶんのフレンチトーストが宙を舞うのを見て、あるマンガの有名なちゃぶ台返しを思い出す。ってことはあれか、おれはオヤジか。オヤジなのか。
ざり、と口に残った砂糖が舌の上で溶けた。


黙々とフレンチトーストを片付けテーブルを直し床を拭いて食器を洗いに台所に立つきみの後ろ姿を見ながら、ふと思う。なんできみはここにいるんだろう。
付き合って二年、一緒に住み始めて一年。なんか単純な数字で悲しくなる。
きみはどれだけの暴力を受けたのだろう。セックスした数と殴った数は等しいどころか不等号で結ばれる。セックスする度噛みついた右の内ももの俺の歯型はもう消えないだろう。
 
いなくなればいいのに。この部屋を出て二度と帰らなければいいのに。

傷つけるのは好きなんだけど、泣き顔見るのは苦手なんだ。きみ限定で。信じないだろうけど。

「なぁ」

初めてする質問の後に残るのは歓喜か後悔か、そんなのわからない。

「なんでお前、ここにいんの?」

きみがゆっくりと振り向く。残念なことに、後ろにある台所の小さな窓から差し込む光のせいで顔がよく見えない。こんな部屋選ばなきゃよかった。でも唇が少し笑ったように見えたのは俺の願望だろうか。

「なんでそんなこと聞くの?」
「別になんとなく」

ああ声が震えたことに聡いきみはきっと気づいただろう。いつだってそうだ、本当に上手なのはきみなのだ。

「好きだから」

凛と静かに部屋に沁み渡るような声だった。音階はなだらかで、まるで幻聴のよう。
好きです付き合ってください、ときみが告白してきた時のことを思い出した。

「痛いのが」
「は?」

あなたが、と続くことを期待した俺はまだまだ甘ったるい子どもだった。

「おかしいな、気づいてるかと思ったのに」
「え、何を」

さっきの一言にすっかり調子を崩された俺は手も足も出すことができない。形勢逆転。こんなはずじゃなかったのに。きみは構わず続ける。

「残るのは傷痕だけじゃないって、あなたならわかるでしょう?」

抽象的な言葉は脳をざらりと撫でるだけでわからない。俺が悪かったからこの話やめよう俺がフレンチトースト作りますごめんなさいと土下座でもしようかと思った時、君の首にある細く青い痣が目に止まった。普段はタイトネックな服ばかりだけど、俺たちはさっき起きたばかりでしかも営みを終えた後だから、きみが着ているのは下着と俺のシャツだけ。コンプレックスだというなで肩が誘うようにセクシーだ。
俺は首を絞めたことはない。
そうか、と今更のように知る。俺ときみは同じ生き物だったのだ。痛みを与えたい子どもがいるように、痛みを与えられたい子どももいるのだ。

「私はパパだった。あなたは?」
「…母さん」

選んだのは俺じゃなくきみだった。そうきっと最初から。全く聡い女である。

「ドエム」
「ドエス」

DNA万歳。世界は滅びなくてもいい。救いようのない俺たちが滅びればいい。

「さ、朝ごはん食べなおそう。あのテーブルで、ふたりで。今度はもうひっくり返さないで」
「ひっくり返さないから頬だして」

はい、と出された頬を思いっきり殴る。感触はいつだってやわらかく生温かい。
ああ、血が出ればいい。鼻から。口から。耳から。目から。



やさしくできない俺は今日もきみをぶつ。けれどふたりがふたりのまましあわせならば、それでいいのだ。










「#学園」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -