華子さんはぼくの母だ。あどけない顔と、ぼくと妹を産んで育てたとは思えない華奢な身体と、少女のような言動のせいで、しょっちゅう姉弟に間違えられるけど、やっぱり華子さんはぼくの母なのだ。

「泣かないでよ、華子さん」
「だって、こまが、死んじゃった」

華子さんの太ももに敷かれた青いハンカチ、その上で横たわる赤い金魚のこま。
こまが死んでいるのを見つけたのは今朝のことだ。ぷかぷか浮かぶこまを埋めてやろうとスコップを探していたら、華子さんが見つけてしまった。それからもうお昼近くなったのに、華子さんはまだ泣いている。ぼくは学校を休んだ。華子さんは泣き虫だ。

「寿命だったんだよ」

これは出まかせだ。金魚の寿命なんて知らない。だけど五年も生きれば長生きだったんじゃないかと思う。友だちの金魚は、みんなすぐに死んでいる。
こまは秋祭りの金魚すくいで妹のなおがとった金魚だ。とったというと語弊があって、正確には何回やってもとれなくて泣きだしたなおに、店のおじさんがくれたのだ。

『わたしいやよ』

華子さんは最後まで金魚を飼うのを反対していた。

『金魚はすぐ死んじゃうし、死んじゃうと悲しくなるもの』

『ちゃんとお世話する。死なせない』となおは言いはったが、連れてきた次の日から面倒をみていたのはぼくと華子さんだった。コマみたいにくるくるまわるからこま、と名づけ、華子さんは毎日鼻歌なんて歌いながら楽しそうにこまに餌をやっていた。

「けいちゃんは悲しくないの?」

こまからぼくに顔を向けて華子さんが言った。

「華子さんが泣いてるから、泣けないよ」

これは嘘だ。からっぽの金魚鉢はさみしいけど、泣くほどじゃない。華子さんが泣きやまないかと思って言ったのだけど、華子さんはびっくりしたように目をまんまるにした。そうして、赤ちゃんを抱っこするみたいなやさしい仕草で、そっとぼくの頬に触れた。

「ごめんね、泣きたいね」

泣くほどかなしくなんてなかったのに、涙がひと粒ぽろりと頬をつたった。華子さんがあんまりにもやさしい声で言うから、陽ざしに照らされた華子さんの指があんまりにもあたたかいから。

「けいちゃん」

華子さんはぼくを抱きよせ、またほろほろと涙を流した。華子さんの腕の皮膚は白くて薄くて、血管が道みたいに何本も透けて見えた。
ぼくは華子さんの膝で眠るこまを見た。華子さんにこんなにも愛されたこまは、きっともう天国にいて生まれ変わる日を待っているだろう。今度は野原を一緒に駆けまわれるように、白くて大きな犬に生まれてくるといいよ、と小さな声で呟いた。

「泣かないでよ、華子さん」

こまの生まれ変わりの犬が死ぬ時も、きっと華子さんは泣くのだろうけど。






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