明日のその先へ。

クラウドの世界に来てしばらく時間が経った。
こちらの生活にもだいぶ慣れてきて、今はクラウドの仕事を手伝いつつ、たまにティファの手伝いをしている。

クラウドは運び屋の仕事をしているけど書類整理が苦手らしく、その点あたしは向こうの世界でオフィスワークをしていたので仕事の手伝いが出来て安心した。
モンスターと戦うとか、力仕事とかは出来ない自分にも出来る仕事があって良かったと、こちらの世界に来たばかりの頃に思ったっけ。
本音を言えば、クラウドが仕事に行ってる間に時間を持て余すことがなくて良かったんだけど。
それでも運び屋の仕事は長距離が多く、1週間以上いないことも多いので、あれだけあった書類整理も要領さえ掴めばあっと言う間に片付いてしまい、まさかこんなにも早く手持ち無沙汰になるくらいに染み付いた社畜っぷりには、思わず笑ってしまった。

だから、そんなあたしを見兼ねたティファが声を掛けてくれて、たまにセブンスヘブンのお手伝いをすることになって本当に良かった。
クラウドもティファが一緒なら安心だと言われ、少し過保護になられていることがむず痒かった。
それでも、こんな他愛もない時間が嬉しかったっけ。
だって、まさかクラウドと再会してこんな風に一緒に暮らすことが出来るなんて、夢にも思っていなかった。
もう2度と離れ離れになりたくないーーーそう祈ったときに、あたしは"誰か"の声を聞いた。



ーーーーーーーーーー



「クラウド、起きて。クラウド?」

そう言って身体を揺すって起こすけど、クラウドは相変わらず夢の中。
確かに昨日は夜遅くに帰ってきたし、かなり疲れた表情を浮かべていたので、本音を言えばもう少し寝かせてあげたかった。
それでも、昼過ぎには近場だけど依頼の仕事が入っている。
そろそろ準備を始めないと間に合わないので、心を鬼にして起こし続ける。

「今日は休みにする」
「そう言うワケにもいかないでしょ?この仕事、前から日付指定で入ってたんじゃなかったっけ?」
「…それは…」
「他の仕事はまだもう少し先だし、依頼については調整出来るよ。この仕事が片付いたら、ちょっとお休みいれよう。ね?」

珍しく駄々をこねるクラウドの頭をそっと撫でるとこちらを見上げながらも、未だ不満そう。
どうしたんだろうと思いながら頭を撫で続けると、起き上がってベッドに腰掛けていたあたしの膝を枕にして腰にしがみつく。
そんな甘えた姿が本当に珍しくて、可愛いなんて思ってしまったあたしは、一瞬だけお休みにしてあげようかと、そんな考えが頭を過ってしまい、すぐに思い直す。

今日の依頼はあたしがこっちの世界に来る前から受けていたのに、随分と先に指定されていた。
後から書類整理していて気付いたけど、それは運び屋の仕事を始めた当初からのお得意様からのもので、とてもじゃないけど理由もなく断れるものではなかった。

「クラウド?」
「…今日で1年なんだ。なまえがこっちに来てから」

そう言って、腰にしがみついていた腕を強くする。
まさか記念日だからとか言い出すんじゃないかーーーそんなふざけたことをわざと考え、ふとクラウドの腕が少し震えていることに気付く。
こんなに不安そうにしているクラウドが珍しくて、そっと頭を撫でる。

クラウドが理由もなく、子供みたいに駄々をこねるワケがないのはわかっていた。
仕事のことも依頼のこともお客様も大切にしていることを知っている。
だからこそ、理由もなく甘やかして休ませるなんてことしたくなかった。

「俺がこっちの世界に戻ったのも、ちょうど1年だった。だから、なまえもそうじゃないかって思うと不安なんだ」
「…うん、そうだったね」
「仕事から帰って来てなまえがいなかったら…俺は今度こそ、耐えられない」

ぐっとしがみ付く腕は子供のようにすがりつくものだった。
こんな風にクラウドが不安になるのも無理はない。
あたしだって、こちらの世界に来たときはずっとそう思ってた。

いつか目が覚めたら、向こうの世界の自分の部屋の天井で。
そこにクラウドはいなくて、もう2度と会うことは叶わない。
1人になると不安で、いつか身体が薄れて消えてしまうんじゃないかって、ずっと思ってた。

「クラウド。あたしはもういなくならないよ」
「そんな保証どこにも…!」
「ううん、大丈夫だって言われたの。もう2度と離れ離れにならないよって、クラウドの傍にずっといてあげてって…そう女の人の声が聞こえたの」

それは優しい声だった。
まるで母親のようで、姉のようで、ずっと昔からの友達のようで。
日の光のように暖かく、月の光のように美しく、そっと包み込むような声だった。

「その声が聞こえてから、あたしもずっと怖かった夢から解放されたの。うまく説明できないけど、魂がこっちの世界に溶け込むような…そんな感じがした」

あたしの言葉にクラウドは、腕の力を緩めると片手を伸ばし、そっとあたしの頬を包み込んだ。
親指であたしの頬を撫でてから、安心したように笑った。

「…俺の仲間なんだ。今度、会いに行こう」

ゆっくり起き上がったクラウドは、そう言ってあたしの唇に優しく触れる。
切なげに笑ったクラウドはあたしを抱きしめると、懐かしむように「ありがとう」と口にした。

あの声は彼女だったんだーーーそう思ったときに、会ったこともない彼女の優しさに触れ涙が溢れた。
その瞬間、優しい風があたしたちを包み込み、ふわりと窓の外へと抜けていく。



ーーーもう、大丈夫だね。



そんな優しい声が聞こえた気がした。

「あたしも…会いたいな」
「あぁ」

以前、聞いた旅の話。
かつて一緒に旅をした大切な仲間の1人で、今もずっと護ってくれている存在。

ありがとうーーーそう心の中でつぶやくと彼女が嬉しそうにしてくれたのは、あたしの願望なんかではなく、本当にそうしてくれたんだと確信した。



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