夢の中だけなら、そう願っていつも眠りにつく。
見られたときは幸せで、でも起きると枕を濡らしてしまっていた。
「また、やちゃったな…」
鏡の中には、泣いてしまった所為で目を腫らした姿が映る。
少しだけ早起きだったことに感謝して、蒸しタオルを目元に当てて目を閉じる。
これなら、少しはマシな顔で会社に行けるだろうと思いながらも、平日であることを呪う。
この歳になって、目を泣き腫らした姿で会社になて行けやしない。
いい加減、泣くのは止めたいと思いながら、やっぱりクラウドのことを思うと涙が止まらない。
悲しいからじゃなくて、どれを思い出してもとてつもなく幸せだったから。
あんなに幸せすぎて涙が溢れたことなんて、今までの人生で1度も経験したことがない。
だからこそ、最後の恋だって思ったの。
それでも、泣く頻度は以前よりも減ったと思う。
あの頃は毎日のように泣いていた。
数年経った今でも泣いてしまうくらい、まだまだ引きずってしまっている。
別の世界で暮らすアナタに会う手段なんて、今はもう夢の中だけ。
国が違うとか、それだけの障害なら良かった。
住む世界が違うアナタに、どうやって会いに行ったらいいかわからない。
本当に出会えたこと自体が"奇跡"以外のなにものでもなくて、それが大袈裟でもなんでもなくて。
だからもう"奇跡"にすがるしかなくて。
突然、消えてしまったアナタに、ただただ会いたいと願う以外、今のあたしには出来なかった。
ーーーーーーーーーー
「……やば!今、何時?!」
すっかり冷めてしまった蒸しタオルを外すと、そこは見知らぬ部屋。
さっきまで、確かに自分の部屋でソファーに座り、泣き腫らした目元を温めていたはずだった。
もしかしたら、また眠ってしまったのかもしれない。
早く目を覚さなければ、会社に遅刻する所か無断欠勤になってしまうと、妙に冷静に考えてしまう自分がいた。
そう考えてしまうくらい、夢だと自覚しているのに、一向に目覚めない身体。
不思議なくらい意識はスッキリしていて、夢なのに妙にリアル。
覚めない夢なら仕方がないーーーそう思って、辺りを見回す。
無機質な壁に少し散らかった部屋と、大量の書類が散らばる机。
この部屋の主人はしばらく帰っていないような、そんな感じがした。
悪いと思いつつ、そっと机に近付くと、飾られている写真立てが目に入る。
そこに写っていたのは、会いたくてたまらなかった"彼"が写っていた。
「クラウド…?」
少し大人びた彼が、仲間と撮った写真なのか、大勢の仲間に囲まれている写真。
少しぎこちないけど、クラウドも笑っていて、以前一緒にいたときに話していた「旅の仲間」なのかもしれない。
その隣の写真立てには、同じ歳くらいの黒髪の綺麗な女の人が写っていた。
そして、その2人の前には男の子と女の子ーーー兄妹なのかもしれない。
まるで家族写真のような、ううん、それ以外に何に見えるのかな。
「…クラウド、幸せなのかな…」
良かった、そう安心すると同時に涙が溢れてくる。
こんな現実なら、知りたくなかった。
でも、もしかしたら神様からのお告げなのかもしれない。
いつまでも立ち止まっていても、仕方ないと。
前を向いて歩けと、そう無理矢理背中を押すような荒療治。
もうわかったから!
もう、引きずって泣いたりしないから、早く夢から目覚めさせて!
でも、いくら願っても目覚める気配なんてなくて、それ所かどんどん意識がハッキリしてくる。
こんな現実を受け止められる程、癒えてない傷口は、塞ぐ所か大量の塩を塗り込まれて。
溢れ出た涙はポタポタと落ち、机の上の書類を濡らす。
慌てて書類を退かすとそこに書いてある文字が
目に入る。
「…"異世界"についての考察…?」
ーーーーーーーーーー
「…収穫なしか」
フェンリルを降り、ため息をつく。
運び屋の仕事も軌道に乗り、今は1人暮らしている。
留守電には、たまには顔を見せろとティファからのメッセージがあるが、余計な心配をかけたくない為、行けていない。
諦めの悪い俺はなまえと会えないか、それだけを探し世界のあちこちを巡っていた。
何度も通ったのはレッドのいるコスモキャニオンとニブルヘイムの神羅屋敷。
それでも、そんな方法を知る者も文献もどこにも残っておらず、そもそも神羅屋敷にあったのはジェノバの研究ばかりで、参考にはならなかった。
あれから全然前に進めていない。
軽くなったはずなのに、やっぱり、ずるずる引きずっている。
夢の中だけでしか会えない彼女の笑顔がもう、霞んで見えなくなるんだ。
それが怖くてたまらない。
忘れたくないのに、声も仕草も香りも、温もりも、全てが薄れていく。
久しぶりに帰って来た自分の部屋も、なまえと過ごした時間を思い出すと全然安らげなくてーーー「おかえり」と出迎えてくれた彼女も「ただいま」と扉を開ける彼女も、もういないんだって思い知らされるだけ。
そう思って扉を開けると、奥に人影が見える。
確かに、今は鍵を使って扉を開けたはずだった。
背中の剣に手を伸ばし近付くと、暗闇にも慣れた目に飛び込んできたのは、何度も夢に見た"彼女"だった。
「…なまえ?」
「え…クラウド…?」
勢いのままに抱き締める。
消えかけていた、声も仕草も香りも、温もりも、その全てが鮮明に思い出される。
何度も名前を呼んで、その度に涙混じりに返事するなまえの声に釣られるように、俺も自然と涙が溢れてくる。
「夢じゃないんだよな?」
「…夢でもいいよ。クラウドに会えたんだもん」
「俺は嫌だ。なまえのいない世界なんて考えたくない」
「うん…あたしも。クラウドがいない世界じゃ、何をしても、意味がないの」
そう。これは夢だと思った。
悪魔のような独占欲や欲望が叶えてくれた、夢の中だけの"ご褒美"だと。
それでもいい。
ただ、どうか。
出来ることなら、これが一生醒めることのない夢でありますようにと。