作品 | ナノ


08

「ねえ。アンタって、嫉妬とかしないの?」

 おもむろに掛けられた言葉に顔を上げると、胡乱げな目をしたナミがおれを見下ろしていた。
 その指にはつい先程サンジに供された、綺麗な模様のアイシングクッキーが摘まれている。
 対しておれの手元には、ビニール袋に雑に入れられた、飾りっけのない素朴なクッキー。これはこれでウマい。
 凝りようが違うだけで生地は同じだろうし。
「はあ…何に?」
「何って…付き合ってんでしょ」
「まあ、うん、それはそうだけど、」
 おれから目を逸らして、ナミが見つめる先には、ロビンにメロメロしているサンジの姿がある。
 嫉妬……ってもなァ、サンジのアレは、何も今に始まったことじゃあないし、今更なくなったらなくなったで、逆に心配じゃねェか?
 首を傾げると、チラとこちらを見たナミの目が、ますます剣呑さを増した。
 いやいや、おれならまだしも、なんで贔屓されてる側のお前が怒るんだよ。
「初対面から徹底的に女尊男卑だぞ、あいつは。ソレ踏まえて好きになったのに、今更、どうこう思わねェよ」
「なら尚更、やめさせなさいよ、アレ」
「話噛み合ってなくねェ?」
「噛み合ってるわよ」
 おれ自身が気にしていないというのに、わざわざやめさせる必要もないし、そもそもおれが言ったところでやめるとも思えない。
 ビニール袋に片手を突っ込んで、摘んだクッキーを口に放り込む。
 軽い食感のそれを噛み砕くと、蜂蜜の香りが口いっぱいに広がる。
 甘さもちょうどよくて、やっぱりウマい。
 おれが答えないので会話も続かず、ふたりしてサンジを眺めながらクッキーを食べていると、視線に気付いたサンジがこちらへ寄ってきた。
 いつも思うけど、トレイに飲みモン乗ってるのに、よく一滴もこぼさずにクルクル回れるよなァ。
「ナミっさ〜ん、お代わり?」
「貰おっかな。アリガト、サンジくん」
「よろこんで!」
 色良い答えに、嬉々としてカップにコーヒーを注ぐサンジを眺めながら、考える。
 嫉妬。……嫉妬ねェ?
 思い返してみても、サンジを好きになってからというもの、こいつに対して、そういう気持ちを抱いた覚えが全くない。
 付き合ってたら普通はするモンなのか。
 しかしおれにとっては何でもない日常風景に過ぎないのに、どこにどう?
「…ンだよ、さっきから。欲しいのか?」
「はぇ??」
「グラス寄越せ。ブラックじゃお前、飲めねェだろ」
「はぁ…、」
 差し出された手に、一気飲みしたきりで空になっている、自分のグラスを渡す。
 ボンヤリした態度が気にかかったのか、サンジが首を傾げ、顔を覗き込んできた。
 ひんやりした手の甲を、ぺたりと額に当てられる。
「……熱はねェな。具合悪ィなら中にいろよ」
「あ、いや、大丈夫、ぼーっとしてただけ、」
「なら良いが、ぶっ倒れてナミさんに迷惑かけるんじゃねェぞ」
「へーきだって…」
 至近距離で目を合わされるとどうにも座りが悪くて、顔を逸らし、サンジの手を振り払ってしまった。
 やってから、ヤベェ怒るかな、と思ったが、サンジはフンと鼻を鳴らしただけで、あっさり立ち上がりおれから離れていく。
「…あーぁ、サンジくん可哀想」
「んな、なにがだよ…」
 なんだか急に暑くなった気がする。
 ダイニングへ入ってゆくサンジの背中を見送りながら、オーバーオールの胸元を掴み、ぱたぱたと空気を送り込む。
 構われるのが嫌なわけではないけれど、アイツの距離感は時々、やたら心臓に悪い。
「アンタ、ほんとに気付いてないの?」
「だぁから、何がだよ、分かんねェよ」
「わざとらしいと思わないの、って訊いてんの」
「何が……だから、別に、今に始まったことじゃ」
「アンタが見てる時だけよ、サンジくんのアレ。最近は特に」
「っはァ??」
 いやいや、おれの知るサンジは、女と見れば、呼吸のようにメロリンする男だ。
 んなわけあるか、と顔を上げてナミを見ると、はあ、と呆れ果てた溜め息で返される。
 仮に、もし、ナミの言う通りだとしても、だ。おれにそれを見せつけて、サンジになんの得があるんだ。
 アレか、やっぱ女が好きだってのを見せつけることで、遠回しにおれ、フラれ…?
「あと、そのクッキー…」
「うぞっぶぅーー」
「うぉお、チョッパー、どうした」
 思考がまとまりかけたところで、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしたチョッパーが、船首の方から走ってきた。
 ぼすんとおれの懐におさまって、潤んだつぶらな目で見上げてくる。
「ルフィに、ルフィにおやづ取られだ…おで、ちょっとしか食っでねェのに、ひっく、」
「あーあー、しょーがねェなァ、おれのクッキーわけてやるよ」
「う"ぅ、でも、でも…いいのか…?」
「いいよ。だからもう泣くな。な?」
「ぅん…ぐす、ありがとう、ウソップ」
 袋の口を開けて差し出してやると、チョッパーはぐしぐしと涙を拭ってから、大切そうにクッキーを摘みあげた。
 チョッパーを見ていると時々ウソップ海賊団のチビたちを思い出して、かわいくて微笑ましくて、放っとけねェんだよなァ。
「……あれ。これ…」
「ん?」
「おれが貰ったのと、匂いが違う。蜂蜜か?」
「あァ、蜂蜜だけど…なんだ、それぞれで違うのか、これ?」
 サンジの食への拘りようはすげェけど、男相手にまで、わざわざそんなめんどくせェことするかな、あいつ。
 「こっちのが甘くてうめェ」と、さっきとは打って変わって、大喜びで頬張るチョッパーを眺めながら、はたと考える。
「チョッパー、私もひとつあげるわ」
「わあ、ありがとうナミ! スゴイなー、キレイな模様だなー」
「そうね、だけど生地は、アンタが貰ったのと同じじゃない?」
「ん? ……おお、本当だ!」
 一口齧ったチョッパーが、すげェなァナミなんで分かったんだと、目を煌めかせている。
 おれはちょっと、交錯する情報を整理するので、頭がいっぱいだ。
 チョッパーとナミのクッキーが同じで、おれのクッキーが…んん?
「贔屓してもダメ、余所見で気を引こうとしてもダメ、直接誘ってもダメじゃあ、ねェ……」
「……えー…と、」
「アンタが鈍すぎて迷走してんのよ。最初は面白かったけど、さすがに見てらんないわ」
 いい加減構ってあげなさい、と。
 再び吐き出された溜め息に、押されたような気がして腰をあげる。
 誰より贔屓されていたのはおれで、…でもってアイツは、おれを、妬かせようとしていた?
 つまり妬いてたのはむしろ…。
 追いかけたところでどうするべきかも分からず、けれど悩み続けようにもナミの視線が痛くて。



 渋々開いたダイニングの扉の先、おれを見たサンジは一瞬、目を丸くして。
 おれの杞憂を吹き飛ばすように、本当にうれしそうに、「遅ェよ」と笑った。



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