作品 | ナノ


06

 さて、おれ達はどういう関係だったのだろうか?

 目を閉じて、瞼の裏に影を思い出すしか出来きねェほど遠い距離じゃなくなったはずなのに、
 鼓膜震わせて、脳裏にお前の声を蘇らせるほどの静寂は必要ねェはずなのに、
 直ぐ傍に、触れる事が出来るはずなのに、やけに遠い。

 一言発せれば元の通りなんて事はねェみてェだし?
 あの頃のおれ達は良かったよなァ……、なんて幸せな思い出は美化されるなんて言うけれど、そういう類のもんだろうか?

多分、それなりに……。口には出さなかったが、お互いに意識をしてはいたはずだ。まァ少なくともおれは何と無くあった……。友情とするには少し濃く、愛情というにはやや物足りない。そんな歯がゆくて、くすぐったい様な、居心地の良い、でも、いつまでも浸かってりゃ風邪ひくような温い感覚。
 そりゃァこの期間は必要だっただろう。やや曖昧さを残す微妙なおれの感情を確固たるものにするのは十分過ぎた。だからこそ、あの地獄の日々を耐え、ここにこの気持ちで立っていられるんだろうと理解できる。
 んじゃァ、どうよ?立場変われば何とやら?アレは間違っていたんだと、気持ちの整理を付けるにも十分な時間だろ?若しくは優柔不断な気持ちはあれよあれよと流れちまって、誰かの元に堕ちたかもしれねェじゃねェか?

 何が有ったかなんて知らねェし、誰と何処にいたのかも知らねェ。
 要するに、それすらも確認できる位置におれは立ってねェって事にニ年経って今更気付いた。

以前だって、幾度となくチャンスはあったはずなのに、このままの幸せがいいなんて甘い考えに託けて避けていた。傍に居りゃァそれだけで……。なァ…。満足だと信じていたし……。

 伸びた黒い髪と逞しくなった体つき、より機転の利く戦闘においての成長はおれが知らないあいつばかりで、おれのウソップの時間は切り取られたんだと痛感した。

 全て変わっちまってくれれば良かったのに。笑う時のあの目尻と口元。ルフィに突っ込む時のあの手刀も、おれの名前を呼ぶその声はまんまだし…。寧ろ色んなものが以前よりも艶っぽくなりやがって。

 だから、困る。おれは一体何に戸惑ってるのか?




「サーンジ!」
想い人はあの頃と同じように間隔を詰めてくるけれど、距離を取り倦ねているのはおれだけ。
「あ?」
「何だよ。前より当たりが強くねェか?」
キッチンに入ってきたウソップはおれの気持ちなんかお構いなしに、今日の食事は何だと覗いて来るからちょっと返事がぶっきら棒になっちまったじゃねェか。
「そうか?そんなつもりはねェけどな。わりィ。」
「??」
「どうした?」
「おれが聞きてェよ?どうした?サンジ、何か変だぞ?」

長ッパナのおれに向ける不可解な視線と目が合って、そうじゃないと心で叫んでも、言葉にはならねェ。


昔のおれはもっとおれは自然だったって言いたいんだろう?
喜ぶ事も怒る事も哀しむ事も楽しむ事も、何もかも普通の事だった。

どうやって話してたか?
どうやって触れてたか?
どうやって……。


 おれはこの歳月を経てウソップへの愛情を知って、代わりに友情を置いてきた。今のおれの方がずっとお前に相応しいはずなのに、二年前のおれがウソップと肩を組んで記憶のどこかで笑う。

 何なんだよ!お前は!腹が立つ!そうだよ「おれ」だよ!
 まだ、おれのモンじゃねェのにそんなに近い距離にいやがって。
 どうやってそこに立ってんだよ!そこのおれ!
 おれなんだから譲れよ!その場所を!


「何かサンジ変わったな……。」

更に訝し気に見つめるウソップに返す言葉がねェ。前のほうが良かったか?なんて聞けねェから、なんとなく視線を逸らしてしまう。ウソップの少し寂しい様な、困った様な表情を視界の隅で確認しながらも、おれは何もせず見ないフリをした。
 以前なら上手く立ち回れたのかもしれないというもどかしさが胸に燻る。









 溜息に色を付けて宵闇に吐き出し、どうにも纏まらないおれ自身の気持ちの様に心細く頼り無い灯りが地平線に溶けはじめる。

やっぱりだと、自嘲するしかねェ。

 愛情を意識すれば、崩れるかもしれない関係に怯えていた。
 
 あいつの隣で笑うおれ自身の記憶にただただ艶羨喝采で、だからそれに気付かなければ良かったんだと、おれが嘆く。

 分かってるさ、過去のおれとウソップとのその穏やかで安定した関係におれ自身が妬いている事を。

 じゃァ、おれはそれでずっと満足なのかよ?その温い関係に。
友達なんて誰でもなり得る関係に満足して、苛立ったり嫉妬したりしない筈ねェだろ?それでもおれ達は特別だって、「おれ」は言えたのか?

そう問えば黙るしかねェ。

ウソップが望んでるかも知れねェままの関係を態々壊しに行く事はねェ。でもな、色々あっただろう?繋がってねェ事は実は不安定で、おれが思ってやってきた事は幼い考えのカッコつけだったって。



もうすぐ黄金の太陽が群青に全て溶けてなくなる。

 そうだよ、おれの小さな満足なんて、元々持ってた欲望に結局は飲み込まれちまうんだ。
 どうしたってそれだけじゃァ満たされなくなるだろうよ。それが今のおれ自身じゃねェか?

そこで見てろよ。
「おれ」が羨むウソップとの未来を今から手に入れてみせてやるからな。

 決意を強く吸えば灯は明るさを増し、小さな執着がハラハラと暗闇に舞って消えるのを見た。
 





 


「なァ、ウソップ。」

 一人甲板に立つウソップの隣に立ち、夜に益々染められた黒髪に手を伸ばし、そっと引き寄せる。見上げる変わらない笑みにほっとしたら、どこかで悔しそうな昔のおれがいた。
あの時じゃァ意味が無かったんだって、分かるだろ?

「ずっと伝えたい事があったんだ   。」

 


ウソップがおれの囁いた言葉に慌てふためいて、赤くなったり青くなったり忙しなく百面相をし終えた頃、もう一度、今の想いを乗せて名前を呼べば、少しの間の後、こくりと小さく頷き、はにかんだ表情の頬が暗闇でも少し染まるのが分かった。見た事ねェウソップのその顔に、おれが地団駄を踏み少し憎たらしく額の前で手を叩いていた。

 昂る気持ちを悟られたくなくて、いつもの様にタバコに火を点ける。


ウソップと肩組み笑う以前のおれが背中を叩いて、その隣から去ろうとする。あとはよろしくと励まされ、おれ自身のヤキモチは白い煙と共に満天の星空に消えた。


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