むか。
むかむか。
むかむかむか。
子供じみた感情がおれの心の中を支配する。
視線の先には、ナミたちのために甲斐甲斐しく動いているサンジの姿。
あれが本来のサンジなのだと言い聞かせても、おれの感情は割り切ってくれない。
晴れない心に嫌気がして、おれは船内へと足を向けた。
嬉しそうなサンジの声をもう聞いていたくなかった。
二年前、バラバラにされたおれたちが再会できたのは、ほんの少し前のこと。
それぞれが違う場所で辛い状況を乗り越えてきていた。中でもサンジは地獄だったらしい。
おかげで、とことん女に弱くなっていたサンジは、姿を見ただけで鼻血を吹いては倒れていた。
幸い、おれの手助けもあって、最近は多少マシになって来ていた。
その結果があの姿で。
ほんの少し、手助けしたことを後悔していた。
サンジが変わったことがもう一つ。
嫉妬しなくなった。
しなくなったというのは大げさかもしれないが、今までのサンジからすればありえなかった。
おれが、ルフィやゾロに構われていても、せいぜい引き離す程度で終わり。
問答無用で蹴りがやって来てたあの時のは何だったのか…。
やはりそうなのかと思いつつ、そうならはっきりさせないといけないよな。
その夜、おれはキッチンへと向かった。
コンコンとノックをし、声をかける。
「サンジ、今いいか?」
この時間は朝食の仕込みのため、サンジは一人でキッチンにいる。
「…っ…ウソップか?いいぜ」
少し驚いたような声だったが、快諾してくれた。
「悪ィ、忙しいところに」
「一息つこうと思ってたところだ」
キッチンから食堂に移動し、サンジが煙草を口にする。
ああ、やっぱりカッコいいよなァと思いつつ、おれは話し出した。
「あのさ、サンジ…無理、しなくていいからな」
「は?」
突然のおれの言葉に、サンジが不思議そうな顔をする。
「おれの事、もういいならそう言ってくれ」
「気ィ使ってくれなくていいからさ」
自分の声が震えそうになるのがわかって、おれは思わず俯いていた。
だから、サンジがどんな表情になっていたのか、わからなかった。
「だから無理しないで…」
話している途中、身体に衝撃が走った。
痛みに驚いて顔を上げれば、目の座ったサンジの顔。
「サ…サンジ…?」
「誰だ?」
「へ?」
「お前にそんなこと言わせてる野郎は誰だッて聞いてんだ!!」
「何言って…」
「ルフィか?クソマリモか?」
ギリギリとおれの身体を抑えつけ、詰め寄ってくるサンジ。
「まさか、フランキーとか言うんじゃねェだろうな?!」
好き勝手に言われカチンときたおれは、サンジを力いっぱい押しのけて言った。
「誰が言わせてるかだって?!お前だよ!」
おれのあまりの剣幕に、サンジが目を見開く。
「サンジ!お前が言わせてんだよ!!」
もう止まらなかった。
「お前がッ!やきもちも!嫉妬も!しねェから!!おれが!ルフィやゾロに構われても怒らねェから!」
おれの目からボロボロと涙が零れてきた。
「おれのこと、どうでもいいから怒らねんだろ?!」
背中がズルズルと壁を滑り、おれは座り込む。
「だったら、そう言ってくれよ……お前のこと…諦めるから……」
そこまで言って、おれは大きく息をつく。
ああ、もうこれで終わりだな…と、どこか遠くで思っていた。
すると。
「すまん!!ウソップ!!」
サンジの声がした。
のろのろと顔を上げてみれば、サンジが土下座していた。
「え…?」
「おれが悪かった!許してくれ!」
あまりの展開に、頭が付いていけない。
とりあえず…。
「なんで、怒らなかったんだ?」
と、聞いてみた。
サンジが言うには…。
「おれがナミさんやロビンちゃんにデレデレしてても、お前、あまり嫉妬しなかっただろ?」
最初はしてたけど、しても無駄だと気付いたからな。
「だからおれとしても、地獄の修行を経て器の大きくなったところをだな…」
はあ、見せたかったわけですか。
「怒鳴って蹴り上げたい気持ちを抑えるのは辛かった…」
どうやって解消してたんだ?
「パン生地にぶつけてた」
「最近、パンが多かったのそのせいか!!」
「おう!」
…頭、いてェ…
「サンジ…」
「ん?」
「おれは、そのままのサンジが好きだぞ」
サンジの顔が明るくなる。
「頼むからそのままのサンジでいてくれ」
おれの言葉に、サンジが照れくさそうに笑った。
嫉妬深くても器が小さくてもいいから、とはあえて言わなかった。
翌日から、おれは以前通りの惨劇を目にしている。
怒鳴り声をあげ、ルフィとゾロに蹴り技を炸裂させているサンジの姿を。
「あんなめんどくさい彼氏でいいの?」
おれの上から声が聞こえてきた。ナミだ。
「まあ…過激だけど愛情表現だと思えばな…」
呆れながら見ているナミに、おれは苦笑しながら答えた。
「ふ〜〜〜ん…サンジくーーーーん!」
突然、ナミがサンジの名を呼んだ。
「はぁ〜〜〜い!ナミさぁ〜〜〜〜ん!」
と、ハートを飛ばしながらやってきたサンジは、おれが一緒にいることに気づき慌てふためく。
「私ね、すっごく喉が渇いちゃったの」
何かを言おうとしたサンジを遮り、ナミがにっこり笑って言った。
「すぐにお持ちします!」
「ロビンの分もね〜」
手をひらひらと振り去って行くナミの姿を見送り、サンジが小さく息をつく。
その姿におれは思わず笑ってしまった。
「…なんだよ…」
「いや…サンジだなって思って」
「るせェ」
拗ねたように顔を背けるサンジに、ちょっとだけいたずら心が湧いた。
「サンジ」
「あ?」
顔を向けたサンジに、おれはチュッとリップ音を鳴らしてキスをした。
「おれもさ、喉渇いたんだよね。ナミのついででいいから、飲み物よろしく」
固まっているサンジをそのままに、おれは船内へと移動する。
戸が閉まったのと同時に、サンジのおれを呼ぶ声が聞こえた気がした。
無視しといた。
終わり。