作品 | ナノ


19

「気にならないの?ああいうの」
「はへ?」
時刻は丁度、おやつタイム。
本日のおやつは、美しく盛り付けられた一口サイズのマカロン数種と紅茶だ。
ピンクに紫、緑色と美しく並んだその表面にはひび割れや皺も無く、手前にあった黄色い物を頬張れば甘酸っぱいレモンの香りが広がって実に美味だ。
甘くほろりと口中で解ける感触を味わっていたのだろう、私の質問に対して何とも間抜けな返答が来たが、その目はぱちくりと言う擬音が似合いそうな程に数度瞬き。そして思考を始めたのだろう、すい、と視線が横へ流れた。
「あーいうのってさ、気にしたらキリが無ェだろ?」
「それは、確かにそうだけれど」
流れた視線の先では、オレンジ色の髪を持つ美女の前でくねくねと独特の動きをする金髪の男が、器用にも紅茶を零すことなく注いでいる。
「それにさ、アレもアイツの特徴みてーなモンじゃね?逆に普通に接してるのとか、想像出来ねーと思うんだ」
「それは、確かにそうね」
でも、やはり嫌じゃない?とは聞けなかった。
何故なら、そう笑う彼の表情が「なわけねーし」と言っていたから。
「ああ。でも、それなら」
「んん?」
「私達を見ても、何とも思わないのかしら?」
と、私が微笑めば。
「うえ、ええ?お、おれ達がか?」
そう言いつつも頬の辺りがピンク色になっていて、明らかに動揺しているのが伝わって来る。
「そっ、そりゃロビンは美人だしおれとしちゃ悪い気はしねーけどだけどその」
「あら、嬉しいわ」
美人と言われて喜ばない女は少ないだろうから、素直にそう返せばしどろもどろの言い訳じみた会話は途切れ途切れながらも続く。
「や、そりゃそんな風に思ってくれるかな―――ってちったァ気になるけどさ、それこそおれなんてこんな鼻だし弱ェし」
「あら、でも手先は器用だしセンスも抜群、お話も面白くて優しいなんて、かなりな優良物件だと思ってるわよ?」
「ひえェー褒め過ぎだぜ。ナミだったらこの後で褒め代金請求されそうだ」
ふふふ、そうかもね。と私が笑うと、彼の唇も柔らかく弧を描き。
「あーでもマジで気にしてねェし、でも心配してくれたんだろ?ありがとな」
「いいえ、大切な仲間ですもの。それに悩み事を抱えていると、いざと言う時動けなくなる要因になるから、ね」
「そーだな、気を付ける。じゃーな!」
皿の上に残っていた最後のマカロンを頬張ると、彼は足取りも軽やかに駆けて行った。
本当に大丈夫かしら、と思いながら見送った私の予測はある意味正しく的中していた。



どさりと腰を降ろした工場支部はぎし、と音を立てたけど今は勘弁な、と独り言ち。
この場所はみかんの樹の間を風が通り抜けるからいつも爽やかな香りが漂っていて、普段なら気分が落ち着く筈なのに。
その香りから思い出すのは、先程の綺麗な光景だ。
美男美女、とは正にああいうのを言う。
微笑めば大体の男はころりと落ちるだろう、ナミの笑顔を引き出そうとあの手この手でアピールするサンジ。
勿論、怒っているより笑っていて欲しい。とは仲間のおれだって思うから、フェミニストの鏡の様なサンジにとってはそれはもう、呼吸をするかの様に普通の、当たり前の、年中行事。
いや、日常茶飯事。
なのだけれど。
「あああ〜嫌じゃねェんだよ。別に気になんてしてねェってのに!なのになのになんだよ、このもやもやするって言うか変な感じはよ?」
「ヤキモチ、ですよね?」
「へ?」
声がした方へ視線を向ければ、暗く深い眼窩がじっとおれを見詰めていて。
「っって、ギャ――――!っ!おばけーーー!」
「おばけ!?ギャ―――私おばけダイキライなんです何処ですどこです!?」
「ってお前だよっ!」
ぺしんっ、とその柔らかなアフロを叩いてやればヨホホホホーと暢気な笑い声がして、我が船の音楽家、ブルックが足取りも軽やかにおれの隣へと立っていた。
「いやァ、青春ってよいですねェ〜ヨホ!」
「せ、青春!?って、言うか何なんだよ!」
ですから、とブルックは真っ白な骨だけの指先をおれの前で横に何度か振り、ちょっとばかり短いけれど、指揮棒みてェだなァーー等と考えていると。
「サンジさんのあのような姿を見ていると、こう胸の辺りがもやもやする。と」
「お、おう?」
「出来れば、自分だけに関わって欲しい。と」
「へ?いやそんなの絶対無理だし」
「無理な事は理解していても、嫌だとは思っておられる、と」
「う、え?ああああのええとだからその!そそそそんな事思ってなんて」
黒く窪んでいるだけの眼窩なのに、その奥に心を見透かすような瞳を感じてしまい、ううう、と唸る事しか出来ないでいるおれにブルックは、器用にも微笑んで。いや、骨だから表情は変わっていないのに何故かそんな風に感じられるから不思議だけど、だけど確かに微笑んで。
「それで良いかと思いますよ、何故ならそれもまた愛のカタチ、ヨホホホ!」
「あ、あい?」
「そうです、愛です!愛ゆえに人は喜び、愛ゆえに怒りも起こり得る!しかしそれ全ては相手を思うが故!ああ、何と悩ましい古くて新しい命題なのでしょう!」
うーん、何だか話が大ごとになっている気がするけれど、自分の気持ちに名前がついて、それがその通りだ。と言う事は理解してしまった訳で。そうなると、ブルック風に言うならば次なる命題は。
「なーブルック。その、さ。こういうヤ、ヤキモチとかってのは、やっぱり迷惑。だよ、な?」
「ヨホ!?そうですね、こう言う物は千差万別、としかお答え出来ませんね。だって、少なくともサンジさんはそのようには少しも思っておられない様にお見受け致しましたので」
「え?そ、そうか?」
「ええ、どちらかと言うとウソップさんに焼いて欲しくて仕方がない、と言う風に感じましたよ?っておおっと、これは口が滑りました」
後は、お若いお二人でどうぞ。とだけ言い残すと、ブルックは軽やかな身のこなしで展望台方面へと、言葉通りに飛んで行ってしまった。
いやそれよりもちょっと待ってくれ、今なんて言った?おふたりでどうぞ、ってまさか?と、背中に冷たい汗が流れる。
風向きが変わったのか、背後から流れて来たのは…煙草の香り。
この船で煙草を嗜む者は、一人しか居ない訳で相手の特定なんて誰にだって出来る。
別段、後ろ暗い事なんて何もしていないのに妙にドキドキしてしまい、振り返れずにいると。
「こんな所に居たのか、探したぞ?」
「サ、ンジ?」
声の調子からは別段、普段通りの印象しか受けなかったので安心したけれど、先程のブルックとの会話を聞かれてはいなかっただろうか?等と心配になってしまい妙に緊張してしまうけれど、サンジは特に意に介した風もなく。それどころか、その手には中身を満たしたグラスが二つあって。
「おら、お前の分だ。飲むだろ?」
「え?おやつならさっき、紅茶貰ったけど」
「マカロンが甘過ぎちまったみてェで、男共から追加オーダーが入ってな。だから、そのついでだついで」
の割にはこのグラス、手の込んだレモンの飾り切りが入っているし、氷だって面倒なクラッシュタイプが満載で、表には貴重な生ミントの葉まで浮かんでてどう見たって女性陣向けなんですけど?
とは聞けず、黙って受け取った。
「うめェ、コレ。サッパリしてんな♪」
「おう、ライムの砂糖漬けを炭酸水で割ったドリンクだ。口直しにピッタリだろ?」
「ん、でもアレはアレで美味かったぜ?すげー綺麗だったし、おれは黄色のマンゴーだったか?が一番好きだな」
先程食べたマカロンの味を思い出してそう言えば、さんきゅーな、と嬉しそうなサンジの顔におれも嬉しくなってしまって、なのに。
「で、ヤキモチ焼いてくれたんだ?」
「ぶほぅへェっ!?」
そんな事を聞かれてしまい、折角美味しく頂いていたドリンクが流れ込む向きを変えて鼻の方へ侵入して来てしまい、勿体ねェと思いつつも咽ているとサンジが慌てて背中を擦ってくれて。
ばかお前いきなり何を!?と文句の三つや四つも言いたかったのだけれど。
「げへっ、ごほっ、ううううう」
「わっ、悪い!そんなに驚くとは思ってなくて、大丈夫か!?」
鼻からミントとライムの香りがする液体を垂れ流す自分の姿はさぞ、滑稽だろうと思うのにサンジはそんな事気にした風もなく、綺麗なハンカチで拭ってくれて。
あーもうだから、そういう所だぞクノヤロー、紳士め。
「うーくそ、痛ェし勿体無ェし最悪過ぎだ!」
「だから、悪かったって。晩飯、好きなモン作ってやるから機嫌直せよ、な?」
「っーーーーじゃ、オムレツ。挽肉の入ったヤツ!大盛りだぞ!?」
「りょーかい、任せとけ!」
サンジの作ってくれるメシなら何でも美味いけど、あまり高価なメニューを提案しては悪いし。挽肉ならば冷凍の品がまだ十分にストックとしてある事は知っているのでそう提案すれば、頼もしい返事が返って来た。
のは良いとして、だ。
サンジのヤツは、先程の質問の答えを欲している事をすごぉお―――――――っく全身でアピールして来やがって。ううううう、やっぱ自分から言わなきゃダメかァそうか―――と、脳内イメージで天を仰いでしまった。
「サンジはさ、その。こんな気持ち向けられて嫌だなーとか思わねェのか?」
「何でだ?」
「え、だって。何だかお前の事を否定してるみてェな気がしてさ、だから」
「してねェだろ?お前は」
「うっ、お、おう。してはいねェけど、でもやっぱ嫌じゃねーかな、ってさ。思う訳でその」
だって、一方的に嫌だなァ。と抱いたこの感情は、褒められた物じゃないしどちらかと言えばネガティブで、まァおれにとっちゃ慣れ親しんだ物ではあるのだけれど。
「出来るだけ、出したくなかったんだけど。だけどやっぱ分かっちまうみてェで、ソコは悔しいかな。仮にも嘘つき、で通ってるのにさ」
「ばーか、ンな所でそんなモン発揮するな。つーか、お前はもっとおれに怒って良いと思うんだけど?」
お、怒る?
「おれの方が、先に怒らせるような事してるのは自覚あるし、今も悪いと思ってる。だけどコレはもう、身に染み付いちまってて」
「おう、ちゃんとわかってるって」
「だけど、ダメな事だ。ってのも理解してるし、これでも抑えてるんだぞ?」
「ええっ!そ、そうだったのか!?」
それは全く気付かなかったけどなーとおれが言うと、サンジはショボンとした表情になって。
え、何だろうこれ。まるでおれに気付て欲しかったのか?と、サンジを凝視してしまうと。
「あ―――分かってた。お前ってそういう所あるよな、うん。忘れてた」
「なっ、何だよ!それじゃまるでおれが鈍感みてェじゃねーか」
「鈍感だよ。お前もおれも、な」
するり、と右手が伸びて来ておれの左手を絡め捕り、引っ張られ。所謂恋人繋ぎ、と言われる形にされるともう逃げ出す事が出来ない。
「それに、ヤキモチ焼いてんのがお前だけだと思ったら大間違いだからな?」
「はへェ?」
「ロビンちゃんと楽しそうだった時も、ブルックと話し込んでいた時も、距離近過ぎんだろーが!」
「なっ!何で見てんだよ、つーか別に普通だったじゃねェか!」
「だーかーら、そういう所だっての。おれのほうが、ヤキモチ焼かせたら天下一品!だってェのを覚えておけよ?」
堂々とそんな事を宣う恋人は、しかし至って真面目な顔で。
あーウン、そうだった。こいつって、こういうヤツだった。
ばか、だな本当に。
おれなんか好きになるヤツなんて、お前くらいしかいないって言うのに。
本当に。
「ば―――か!本当、バカヤローだよお前って」
「おう、バカで結構だ。で?」
「ロビンだってブルックだって、おれ達の事を心配してくれただけなんだ。後でちゃんとお礼しとけよ!?」
「おう、分かった。で、それから?」
「ええ?そ、それか、ら?」
それから?と促されてはてまだ何かあっただろうか?と一瞬考え込んだが、おれを見詰めるサンジの瞳は真剣そのもので。
「ウソーップ?」
「そ、そもそもお前だって!ナミにくっつきすぎだろ!?もうちょっと離れてたって、話くれェ出来るだろ!?」
ああもうこういう事を素直に言うのがこんなにも恥ずかしいなんて!と脳内では滅茶苦茶転げまわっているけれど。けれど、だけど、やっぱりやられっぱなしなのは悔しいから。
「おう、その調子だ♪で?で?」
等と完全に調子に乗っているサンジの首根っこを空いている右手で掴み、引き寄せて。
「へ?っって、んうっ」
突然の事に驚く顔が間近に迫って、ざまーみろ!と思いながらキス、してやった。
「っっっ、どどどどーだ!おれの愛を思い知れってーんだ!」
ぷはっ、と唇を離してそう告げた途端。
「ウ、ウソップぅぅぅぅぅぅぅっ!おれも愛してるぜっ!」
「どうわっ!?ばばばばかそんな事大声で叫ぶんじゃねーーっ!って言うか離せ!うわっ、うぷっ!?」
おれがした物よりかなり濃厚なキスを、しかも何度も何度もして来やがってしつこいったらありゃしねェ。
どたばたと慌ただしいおれ達には、ヤキモチなんて焼いている暇も無ェな。
そう結論付けた、とある日の午後だった。


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