作品 | ナノ


13

とある島に到着したのは数時間前だった。
気候は秋。天候は穏やかで、波が荒れない程度の風が吹いている。クソマリモが留守番をするというので、他のみんなは買い物やら探検やらと出かけていった。
おれも秋島は久しぶりだったのもあり、食料の調達へ出かけることにした。幸いここには人がいて、街がある。ナミさんから小遣いをもらったやつらもバラバラにそこへ向かったようだった。
大きく伸びをする。本当にいい天気だ。ナミさんは今日は荒れないと言っていた。気持ちいい風に髪が揺れる。それを直していると、サニー号から声をかけられた。

「あ!なァ!サンジ!食料買いに行くのか?」

振り向けば、同じく髪の毛を押さえてるクソッ鼻、もといおれの恋人、ウソップが嬉しそうに笑っていた。朝から島の上陸にはしゃいでいたので、おれも嬉しかった。

「んー?そうだけど、どうした?なにか作って欲しいモンでもあんのか?」
「いや!一緒に行く!」
「へ?」

急に言われて驚いてしまう。てっきりルフィやチョッパーと探検に出かけると言うのかと思っていた。
ひょいっと柵を飛び越えて、ウソップは降りてきた。いいのかよ、と思っているのが顔に出ていたらしく、ウソップはニッと笑ってみせた。

「たまにはサンジ君の買い物に付き合ってやってもいいかなー?って思って」
「なんだそりゃ」

くつくつと笑うウソップに、思わず吹き出した。単に気まぐれだったらしい。それでも嬉しくて、ついもじゃもじゃの頭をグリグリとなでつけた。

「イッテェ!」
「ならさっさと行くぞ。昼は外で食うか」

なんなら一回戻って作ってもいいかと思っていたが、どうせなら2人でいられる時間は長い方がいい。どうせ各々食べてくるだろうし、ルフィにはうるさいので弁当もたせたし。もちろん、チョッパーのも。
心なしか嬉しそうなウソップの隣を、普段よりゆっくり歩く。生い茂った山の美しい景色を見ては「キレイだキレイだ」とはしゃぐ様を、おれは本当にキレイだと思った。




食料の買い出は上々だった。
秋島はなによりも食料が豊富なことが多い。
ウソップの好きな魚を見て、どれが鮮度がいいとか、今が一番ウマいのはこれだなとか、たわいない話をしていく。野菜や果物ももちろんだが、魚の話をしているときのほうがウソップは嬉しそうだった。肉を買わなきゃ船長がむくれるかと頭の片隅で考えるのに、どうしても目の前の恋人が笑ってくれるほうを優先しちまう。
しかしそれを見越してか「肉買わなきゃルフィ怒るぞ」とウソップから言い出した。
結局肉も大量に買い込み、それらのほとんどを船へ運んでもらうように手配した。
今頃惰眠を貪っているクソマリモでも荷物を受け取るくらいは出来るだろう。ウソップは酒も選んでいたので、勝手に開けて呑んでいるかもしれない。料理用の酒だけは呑まれないように飲酒厳禁の張り紙を貼ってから運んでもらった。

「いい買い物したな!」
「そうだな。腹へったし、なんか食うか」
「やったー!」

無邪気に両手を上げて笑うもんだから、おれは単純なやつだなぁと思いながらもつられて笑った。
街も人々の休憩時間なのか、飲食店以外はほぼ一時閉店になっていった。むしろ飲食店は稼ぎ時なのか繁盛している。どこがいいかと悩んでいると、ウソップが控えめにおれのスーツの裾を引っ張った。

「サンジ、なんか食いたいモンある?」
「いや、特にはねェよ」
「ならあそこにしねェ!?」

おれの返答を聞いて即座に嬉しそうに指差したのは、少し落ち着いた雰囲気のレストランだった。格式高いってわけではなく、やはり賑わっている。

「ならあそこにするか」

おれが承諾したら嬉しそうに大きく頷くもんだから、まるで小動物みたいだ。そうなるとおれは差し詰め飼い主か。悪い気はしない。

「早く行こうぜ!サンジ!」
「あー、わかったわかった」

はしゃぎまくるウソップに腕を取られ、まるで渋々ながら、なんて態度を取ってしまうけれど、おれもウソップに負けず劣らず楽しんでいた。
幸せだな、なんてガラにもなく口にしたくなるくらい。
ウソップが意気揚々もレストランの扉を開けた。ちょうどカウンター席に空きがあり、すぐに座れたので運が良かった。
料理はさっさと注文しちまう。おれはパスタでウソップはグラタン。
ペラペラよく回る口を動かすウソップの話を、おれは聞いていた。どんなに騒がしくても、こいつの声はよく通るもんだから聞き取れる。良い声してるよな。言わねェけど。

「おまたせいたしました、ご注文のお品でございます」

カウンター越しの大柄の男がおれに料理を運んできた。すぐにウソップの方へも渡して「ごゆっくり」なんて恭しく頭を下げる。

「おっ!うまほ〜!!」

なんてスプーンを持って嬉しそうにしているのを横目に、おれもフォークを取って、はたと匂いに気がついた。

「いっただきまーす!」

あっと思う前に、その手を掴んだ。
ボトッとグラタンが皿に戻っていく。勿体ねェことをしかけたおれにギョッとして、ウソップは大きな目を更に丸くしていた。

「な、なに?ど、どうしちゃったのカナ〜?サンジくん」
「そ、それ」

動揺のあまりに口が回らなくて、おれはパクパクと口を動かしただけだった。
ウソップはグラタンを見て、そしておれを見て不思議そうな顔をする。

「それ!おれが食うから!こっちお前食えよ!」

グラタンをぐいっと奪い、そのままおれの頼んだパスタの皿を差し出した。キョトンとしたままのウソップは、やっぱりおれと皿を交互に見やる。
おれはそんなウソップを無視して、グラタンをさっさと食べてやる。口に広がるキノコの風味に、おれは眉を寄せた。

「な、なんだよ!グラタン食いてェなら言えよ!」
「ウッセエ!とっとと食えよ!」
「理不尽だぞ!」

ブーブーと文句を言いだすウソップを横目に見ると、ふくれっ面でパスタを食べていた。
味わって食えば、風味は良くて舌触りもなかなかだ。
ウソップは、おれの料理でキノコが食べられるようになった。出会った時は嫌だ嫌だと駄々をこねたもんだが、根気よく粘ったおれの努力が実ったんだ。
こいつが好き嫌いをしなくなったのは、おれの、おれだけの、努力の結果だ。
それを、どこのどいつとも知れねェ男に上書きされてたまるかってんだ。

「夜にグラタン作ってやるから機嫌直せ!」
「えー!もうなんなんだよー!サンジ変だぞー!今食わせろよ!」
「いいんだよ!食うな!おれが食う!そっち食え!」
「仕方ねェやつだなお前は!」

ウソップはパスタをフォークでくるくる巻き上げながら、肩を揺らした。

「なんだよ、キノコ食えるようになってもダメじゃん。お前がそんなんじゃ」

かぁっと顔が熱くなる。咄嗟にウソップの方を見れば、やっぱり少し赤くなっているウソップがいたずらっぽく笑っていた。

「やきもち妬くなんて、結構子供っぽいな」

そんなんじゃねェ!と叫ぶには、おれの皿のキノコの風味が口の中で暴れている。
おれは聞こえないふりをしてやる。
それでもウソップは嬉しそうだ。
おれはキノコを噛み砕きながら、今日の夕飯は絶対にキノコまみれにしてやると心に誓った。
でも、おれも単純な男だから、「サンジの飯の方がうまいな」なんて言葉で噛み潰したキノコとともにつまらないやきもちは飲み込んだのだった。
さて帰って早めに夕飯を作って、泥だらけで帰ってくるだろう船長たちをさっさと満足させてやろう。スピードが大事だ。
おれは今晩、どうやって隣の恋人をベッドに誘うか今から悩まなければならないのだから。



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