宝石のように輝く色とりどりの果物、その中から一つ赤い果実をとりわけると冷蔵庫の奥へとそっとしまった。
特別うまいものは一番愛しい人に食べさせてやりてぇと思うのが料理を作る人間の愛だとおれは思う。
なら、卑屈でネガティブな芸術家の愛はどんな形をしてるんだろうか。
おれは、それを知りたくて
「本日のおやつ、新鮮なフルーツのゼリーです」
皿に盛りつけた果物ひとつひとつの色鮮やかさやジューシーさをそのまま閉じ込めた繊細なスイーツ。
この船のたった二人の美しいレデたちの前に差し出されたそれでさえも、元をたどればおれの恋人のための料理であるといえる。
「サンジ―!おれもおれも!」
「おれも食べたいぞ!」
甘い匂いを嗅ぎ付けて早速ルフィとチョッパーが騒ぎ立てる。いつもなら冷蔵庫に入っているから勝手に食え、とかいうところなのだが今日は特別。
「残念だが今回は数が少なくてな、レディたちの分しか用意がないんだ。悪ィな」
「なにーっ?!」
「ずりぃぞー!」
騒ぎたてる船長と船医をいなして、視線を本命の人物へと向ける。
黒く癖のある髪、オーバーオールの隙間から覗く健康的な色の肌。
厚い唇に、特徴的な長い鼻。
おれの恋人のウソップは、おれの思惑など届いた様子もなくクソマリモの隣でたのしそうに笑っていた。
(また失敗か)
このところ実はおれはもうずっと作戦をたてては連敗を繰り返している。
『恋人にやきもちをやいてもらいたい』その一心で。
紆余曲折あっておれとウソップが恋人になって数か月。
ウソップは感情豊かに見えて、実はそうでも無いことに気が付いた。
笑ったり、怒ったり、泣いたりと表情はくるくると変わるくせに、「本気で誰かに対して」そうなったところはほとんどみていない。
1対1になってみると余計にそれがわかる。
相手の行動や態度をみてそれに添っているようにみえるのだ。
ウソップの家族のことはきいているが、実際にその生活がどんなものだったのかはおれは知らない。
(おれの家族についてもまだ何もいってねェしな)
それが関係あるかはわからないがウソップは愛情表現、といえるものをしてこない。
告白はおれから、そしてそれを強引に押し切ったのもおれ。好きというのもおれ(照れながらおれもと返すにようになってくれただけありがたい進化だが)
触れたり、キスをしかけるのもおれ。
恥ずかしがっているだけだと思っていたが、どうやらウソップは感情を押し殺す傾向にあるという結論にたどり着いた。
となればそれをあらわにして欲しいとなるわけで。
今更すきだなんだといわせるのは難しく、それならばと数日前からおれはせっせとウソップにやきもちをやいて貰えるように頑張っているわけである。
(やっぱりレディ贔屓なのは我ながら今にはじまったことじゃねェし、今更何も思わないか)
とはいえ飯前に船長へのミニディナーを用意したりとか、チョッパーにおやつをやりながらブラッシングかけてみせたりと普段はやらないあからさまに誰かと二人きりになるシチュエーションはみせつけてきたはずだ。
ウソップもばっちりそこに出くわしてもいる。
けどアイツは「おーよかったじゃねェか」って笑うだけ。
「もしかして、おれってば愛されてない?」
「うるせェ」
こっちは真剣に悩んでいるというのに隣から低い声であしらわれる。
「だいたいお前なんでここにいんだ」
「やーゾロくん、今日はいい天気だねェ」
こうなりゃヤケクソ。今日はべったり普段なら顔もみたくねェ剣豪の隣に並んでみる。
目の前には腕立て伏せにいそしむむさい男。会話がはずむわけもなく、とりあえずただ風を浴びている。
ウソップは甲板でルフィとチョッパーを遊んでる声がする。ちらりとこちらをみた気はしたが、子供みたいに無邪気に笑っている。能天気なこって。
こちとらもうずっとずっと長い間お前のことばっか考えってるっていうのによ。
それなのにどうしておれの隣にいるはウソップじゃなければレディでもねェ、まだふわふわしたチョッパーの方が心が落ち着くってのにまったく本当に
「何してんだテメェは」
まさに自分の今の気分を先に口に出されてぎょっとする。
妙に勘はいいコイツのことだ。何か察してるのかもしれねェが、それはそれで腹が立つ。
「別に。…そういや、お前最近ウソップとなに話してたんだ」
おれがレディにスイーツを振る舞っているとき、船長にディナーを食わせているとき、チョッパーのブラッシングをしているとき
いつもウソップはコイツのそばで何か話をしていた気がする。
思い出すだけでイラッときやがる。クソッ、またおれがやきもち焼く側じゃねェか。
「お前はアホだな」
「はぁッ?!ふざけんなテメェ…」
突然の罵倒にいつものことながら頭に血が上る。蹴ってやろうかと、振り返ればゾロの視線は甲板に向けられていておれも気がそれる。
「アイツは」
無邪気な笑い声が甲板から聞こえる。確かに3人の声だ。間違いねェ。
けど、
「アイツはテメェと同じことをいってたぜ」
ウソップの笑い声はこんなに小さかっただろうか。
仕込みが遅れてキッチンに深夜まで立っていた。
ふと冷蔵庫をあければ特別鮮やかな色をした果実が奥から顔をのぞかせていた。
「 、」
外から微かに声がきこえた。
今日の見張りはブルックだったはずだが、これは彼の歌う声では違った。
静かに扉をあけて外をのぞば甲板に人影が見えた。
「ごめんな、」
謝罪の言葉は震えていた。
「おれ、やきもちやいてたんだ」
おれのききたかった声で、おれのききたがった台詞なのになぜだか心がひやりとする。
他に人影はない。ウソップは一人きりのくせに誰かに訴えるみたいに話を続ける。
「おれ、わかってたんだ。きっとこれは何かの間違いだったんだって。勢いで告白しちゃっただけなんだよ」
なァサンジ、と消え入りそうな声だが確かにおれの名前をきいた。ウソップはここにおれがいることに気が付いていない。
つまりこれは『練習』なんだ。なんてこった。
「なのに、お前が誰かにやさしくしてんのみてやきもちなんかやいちまうんだ。気持ち悪いよな。仲間なのに」
へへ、と笑ってみせるが笑えてなんかいなかった。
「大丈夫だ、安心しろよ。おれ、…おれはちゃんとお前とわか」
気付けば足が前にでていた。やさしい嘘をつこうとするその唇を手で塞ぐ。
例え予行練習でもいわせるもんか、そんな言葉。
ああ、おれは本当にアホだ。
おれはわかってたじゃねェか、ウソップは「感情を押し殺す傾向にある」ことを。
やきもちをやいても、それをずっとずっと自分ひとりで抱えこんでいたんだ。
それなのに、おれはくだらねェ自分の欲求を満たすために醜い己の感情を満たすためだけにコイツを。
「サンジ、なんで…」
「おれ、やきもちやいてたんだ」
「へ?あ!いまの、きいて」
耳まで真っ赤にして慌てふためいて逃げようとするウソップの身体を捕まえる。
近くでみれば月明りに照らされれば目元も真っ赤で涙が滲んでいる。
恋人をこんなにさせるまで放っておくなんておれは本当にアホだ。
「違う、おれがやいてたんだ。やきもち」
逃げられないようにしっかりと体を抱き込んでしっかり聞こえるようにその耳にささやく。
「え…?」
「お前ェはいつも誰にでも平等にやさしくみえて、おれのもんにしたはずなのに…実感がわかなくてそれで…」
やきもちをやかせようとしたんだ、という言葉は情けなくて小さくなってしまった。
「っ…」
「ウソップ、」
震える肩に今度こそ泣かせてしまったんじゃないかと顔を覗き込めば
「あっはっはっはっは!」
昼よりも大きな声で笑われた。
「こ、こら声でけェだろうが!」
「だってよ…サンジって案外女々しいんだな」
「うるせェ誰のせいだと思って…」
とす、と胸にぬくもりが当たって言葉を続けられなくなる。
ウソップがおれに頭を預けて体を寄りかからせる。
目元がきらきらと光っている。そうか、やっぱり泣いてたんだな。
そう実感すると胸がずきんと痛む。
「ほんとはやいてたんだ、すげェいっぱいやいた」
「…ごめん」
「でもよかった、おれいえなかったんだ。嘘でも」
サンジと別れるなんて
おれは胸がいっぱいになって目の前の愛しい生き物を力の限りこれでもかとただ抱きしめた。
卑屈でネガティブな芸術家の愛は、つくことのできなかった嘘らしい。
そしておれの愛は、
「ウソップ、お前に食わてェもんがあるんだ」