(※本誌のネタバレは無いですが、サンジイヤー要素・少々の捏造含みます)
料理とは一種の愛情表現だと思うのだ。
なぜなら、食材選びから仕上げの一手間まで、浮かぶのはそれを口にする相手のことであるからだ。誰かの為に腕をふるう。その行為は一方的に見えて、実は互恵的なものだとおれは思っている。食材を自らの手で華麗に変貌させる過程は勿論だが、完食された空の皿とそれを平らげた者の笑顔が、自分の心を満たす何よりの褒美なのだ。料理とは、そして料理人とはそういうものだ。
…その理屈で言うなら、今のおれは何なんだろうなァ。
暗闇の中で見つめる掌は、ぼんやりとしていてよく見えない。皮下に感じる骨を辿って触れた金属の冷たさは、嫌味なほどはっきりとわかるのに。
この国に来て数日が過ぎた。与えられた俺の部屋は相変わらず居心地が悪く、いつもどこか薄暗かった。家具ひとつ取っても悪趣味なものばかりで気に入らない。そして何よりも、この檻を作ったヤツと同じ血が自分にも流れていると思うと吐き気がした。クソだ、本当に何もかも。無駄に柔らかいベッドに寝転び目を瞑ると、少しだけ憎しみの記憶は薄れる気がした。
…アイツら、ちゃんとしたもん食ってるかな。
真っ暗な視界の隅で浮かんだのは仲間のことだ。飯は誰が作ってるんだろうか。ルフィとクソマリモは論外だとして、となるとナミさんとロビンちゃんか…。クソッ!あの野郎共に貴重な手料理が……しかしレディたちが包丁や火で怪我してねェか心配だ。いや待て、確かウソップが料理できたな…元々器用だからなアイツ。
ウソップ、か。
ふと思い出した情景は少し前のもので、しかしひどく昔のことのように脳裏に蘇る。一味が二手に分かれてからは顔を見ていない。ということはこの記憶はそれ以前のものだろう。
いつから惹かれていたのかは自分でもわからない。そもそも最初は放って置けないだけだった。事あるごとに助けてしまうだけだった。それは、幼い頃の自分とアイツが、なんとなく被って見えたからだ。おれはアイツに、自身の力を信じて欲しかった。お前は強いとただ伝えたかった。今思えばその言葉は、"落ちこぼれ"だった幼い自分に伝えたかったのかもしれない。どちらにしろもう過去のことで上手く思い出せなかった。
料理と一緒だ、と思う。
おれはアイツに手を差し伸べながら、同じようにアイツに救われてた。大袈裟なリアクションも底抜けに明るい笑顔も好きだった。ああそうだ、好きだったんだ。
おれのファーストキスがお前だって言ったらどんな顔をするだろうか。
寝こけるそのクソだらしない顔に、震えながら口づけたなんて言ったら、どう思うだろうか、多分きっと笑われる。
ふ、と自然に笑みが溢れた。情けなさすぎて笑ってしまう。ああ、ちくしょう、会いてェな。
きっとこの想いは墓場まで連れて行くんだろう。恋とか愛とかそういう言葉で表せられるもんじゃねェ。だから実体が掴めなくて、おれ自身も扱いあぐねているクソ面倒なものだ。コイツにどれだけ悩まされたかわからない。それなのにその元凶ときたら、おれの気も知らず呑気なものだ。ならばおれのあの夜のキスはきっと許されていい。あのクソ鈍感な長っ鼻め、ざまぁみろ。
ぱた、という音にハッとし顔を上げれば、頬を伝う冷たい感触に気づいた。
「情けねェなァ……」
ぽつりと呟いてみればさらに胸が苦しくなって、耐えきれず目を瞑る。
瞳の奥は真っ暗だった。この冷たい部屋とおんなじ様に、真っ暗だった。
もうじき、このクソみたいな国にまた朝が来る。今日は晴れるのだろうか、いやどちらでも同じか。いっそ雨が降ればいいのだ。どんな声も音も聞こえないくらい大雨になればいい。
料理人としての誇りや信念、クソジジイから貰った恩に、仲間と見出して来た信頼と希望。その全てをも雨が洗い流してくれたらどんなに楽だろうか。
その時は、アイツとのファーストキスも綺麗さっぱり忘れるんだろう。
遠くで鶏の劈きが聞こえた。
さぁ、また朝が来る。