あんまりにも軽率にソレを差し出しやがるから。
なんて事ない様にそれをしやがるから。
腹が立って腹が立って、も1つオマケに腹が立って仕方なかったので。
これでも食らいやがれ。
奪ってやったんだ。
「ウソップ、この間気になるって言ってた草、この本に載ってたぞ!ホラ!」
「ん?おお!覚えててくれてたのかチョッパー!さんきゅ!」
ちゅっ、という可愛らしい音の後、クスクスと堪え切れない歓喜の笑い声。
ビシリ、と眉間にシワが寄るのがわかる。
この間からずっとこんな調子だ。
この間ーーウソップがおれの頬にキスしやがった時から。
「っ!んなにしやがんだこのクソッパナアアァ!!」
「うぎゃああぁっ!?」
どげし!とその細っこい体を蹴り飛ばせば悲鳴をあげて床を転げて行くウソップ。
「な、なにすんだはこっちのセリフだ!なんだよ!礼言っただけじゃねェか!」
漸く立ち上がったウソップがギャンギャン吠えだすが知ったこっちゃねェ。
引き出しの取っ手が緩んでいたので修理を頼み、その報酬としていつもよりクリーム多めのココアをやった時だった。
「助かった、ここに置いとくから終わったら飲めよ」
「ん?やりい!サンキュー!」
すい、と上機嫌なヤツの顔が近づいた、と思った瞬間、ちゅっ、という軽い音と共に頬に柔らかな感触。
何をトチ狂ったか、あろうことかウソップがおれにキスしやがったのだ。
当然、おれの黄金の右足は火を噴き、狼藉者の長っパナを蹴り飛ばした。
「ああ?礼だァ?」
ギロリと睨み付けると、それまで喚いていたウソップは突然ハッとしたような顔をして、「あ!…やべェ、おれまたやっちまった」と早口で呟くと「ごめん!ついクセで!」と今度は頭を下げてきた。
曰くウソップにとって額や頬へのキスは親しい者にする挨拶や礼であり、それ以上でも以下でもなく、奴自身、母親や故郷の村での親しい間柄の者達と普通に交わされていた行為であったというから、それは奴にとってごく自然な事で、その行為に驚かれたり拒否られたりする事は想像もつかない事だったのだという。
そういやナミにもビンタされた挙句罰金取られたなァ…などと聞き捨てならない事をしみじみと言いやがったのでクソ念入りにもう一発お見舞いしてやった。
それからだ。
奴がチョッパーやルフィにその「礼」をする度、イライラして仕方がねェ。
お子様で、他人に甘えると言う事を覚えたチョッパーと、スキンシップも殴り合いもそう変わらないと体現しているような情緒皆無のゴム船長は、ウソップのこの「礼」を嫌がらない、寧ろ喜びやがる。
実を言うとロビンちゃんもだったりするのだがそれはおれが全力で阻止した。聡明にして美しい女神にキスなんてクソ恐れ多い事は、たとえ天が許してもおれが許さねェ。
それはさておき、ガキどもはウソップから件の「礼」を受ける度にキャッキャと人目も憚らずはしゃぎやがる。
なんでも、「特別な言葉を言われたみたいで嬉しい」んだとガキども曰く。
「いいよなガキは、素直に嬉しいって言えてよ」
……あ?
スルリ、と自然と口から溢れた呟きに愕然とする。
は?嬉しい?嬉しいってなんだ?そりゃスキンシップ好きなチョッパーは嬉しいだろうよ、それがなんだってんだ、おれには関係ねェだろが、それじゃまるでおれがウソップにキスされるあいつらを羨ましがってるみてェじゃ…
そこまで考えた途端、撃沈した。
いや、いやいやいや、ねェだろ、それは無ェ!
気の迷いだきっとそうに違いねェと一縷の望みをかけて、出した答えを一晩寝かせてみたが、一度自覚しちまった感情はパン生地の如く大きく膨らんで、結局認めざるを得なかった。
ああ畜生。
気づいちまった、納得しちまった、つまりはそういう事だ。
この感情は、嫉妬だ。
よりにもよってアイツなんかにこんな感情を持つなんて。
嘘つきの長っパナでネガティヴでひょろっこくて、極め付けに野郎だ。
そりゃこの船で一番気の置けない間柄ではあるし、一緒にいて心地よい、可愛いとは思ってた、思ってたよ。
けどまさか、それ以上の感情まで抱いていたなんて。
側にいるのが当たり前すぎて、好きになるのが自然すぎて、気づいてなかったなんて。
なんてこったよクソが!
自覚した途端、ウソップがガキどもに「礼」をするのを矢鱈と見かけてしまう。
否、自覚をしたからこそウソップに対するセンサーが過敏になり、結果望まない光景を捉えてしまうのだろう。
光合成する毬藻の隣で寝ていたり、女神達と楽しげに会話していたり。
おれの側に居ないウソップの行動が表情が、気に入らなくて堪らねェ。
で、先程もウソップは礼を言いながらチョッパーを抱き上げてその額に柔らかな唇を押し当てていた。
ああ畜生!あの時自覚していればおれだってその恩恵に預かれていた筈なんだよクソッタレ!否寧ろおれ以外に許さなかったのに!
イライラしながら仕込みをしていると、喉が渇いたなどと能天気な様子でウソップがキッチンにやって来た。
思わずその唇に目をやってしまいそうになる自分を心の中でブチオロしながら、「またテメェはやってやがったな」とぶすりと呟いて水の入ったグラスを渡してやると、「別に女達やサンジにした訳じゃねェんだからいいだろ?もう蹴られるのはゴメンだしな」ときたもんだ。
ああそうだよ、あの時は気付いてなくてやらかしちまったよクソが。
「毎度毎度、ガキどもの唇奪いやがって」
チュッチュチュッチュとあちらこちらでしやがってこのクソキス魔、と自覚したての嫉妬と皮肉を込めて言えば。
「ーーッ!何言ってんだよサンジ!するわけねェだろそんな事ッ!!!」
「?!」
あまりの剣幕に思わず一歩下がる、ウソップのくせに生意気じゃねェかコラ。
そんなおれの胸中など知らずに、顔を赤くしたウソップはウロウロと視線をさ迷わせながら。
「く、唇にするキスは、恋人同士がするもんだろ?だからそれは…いつか好きな人が出来た時のだ…」
とのたまいやがった。
は?
恋人同士?
いつか好きな人が出来た時、だと?
いつか出来る恋人に、レディに捧げるなんざどの口が言いやがる。
あっちこっちで男女種族問わずカマしてきた尻軽な唇にそんな価値があってたまるか。
親愛?感謝の意味?知るかクソボケ。
どんな意味があろうがキスはキスだ、そもそもレディと言う名の女神達にテメェのその軽率な唇がつり合うと思ってんのか謝れ全世界のレディに謝れ。
そんな尻軽で不埒な唇は、コレがお似合いだ。
食らいやがれ。
苛立ちと共に華奢な肩を掴んで引き寄せて。
突然の事に反応が遅れた、ヤツの間抜けな半開きの唇めがけて、自分のそれで蓋をした。
カッとなってやった。
反省?んなもんするか。
「ん……っ?!…へ?え…?お、おまっ…いま、今何しっ!!」
「あ?いつもいつもテメェがしてんだろ?まあ今のは唇にだけどよ」
態とらしく肩を竦めて言い放つと、パクパクと口を開け閉めした後、爆発するウソップ。
「ふっ!ふざっ!ふざけんなあぁっ!お前何聞いてたんだエロ眉毛!おれのファーストキスうぅ!!」
「おれも野郎にキスなんざ初めてだよ、これであいこだ、テメェのファーストキスの対価にゃ十分だろ?」
「阿保かテメェ!全っっ然あいこじゃねェよ!対価って何だ対価って!!」
「あ?足りねェってか?クソ上等だよ、徹頭徹尾一から十までキチンと責任取ってやろうじゃねェか、オラこっち来い」
「うえ!?取らんでいい!ってか間に合ってます!ちょ!やめろ来んな近づくな!イヤアアアァ!!!」
「クソ煩え、言っとくがテメェのせいだからな、仕方ねェからおれをくれてやる、惚れさせた責任取りやがれ」
「何それ理不尽!!てか結構です!離せ!離してくれさい!!」
「嫌だね」
言うなればこうなったのは全部お前のせいだ。
おれだって初めてなんだよ。
野郎に惚れたのも。
レディに嫉妬したのも。
女尊男卑を地で行くこのおれが、テメェ1人の一挙一動、親愛のキス1つでこのザマだよ、どうしてくれる。
おれの今までの全アイデンティティ破壊して奪いやがってこの野郎。
お前の初めてくらい貰えねェと割に合わねェだろ。
ぎゃあぎゃあ喚く口を再び塞いで、腕の中に閉じ込める。
ちらりと見えたヤツの顔は、耳まで真っ赤で涙目で、けれど嫌悪の類は感じられない。
これ、脈アリじゃねェ?チョロ過ぎかよ。
やっべェ、クソ愛しい。
「奪われた分、テメエの初めて全部奪ってやるよ、覚悟しろよ長っパナ、愛してるぜ」