長かった戦いを終えて、瓦礫の中、明るい声が騒がしいアルバーナ。高鳴っていた鼓動も今はようやく落ち着いて、隣を歩く恋人の横顔が愛おしくて。
荒れていた空気を忘れたように平然と人々の暮らしを見守っているこの街は、凛として穏やかで。なのに、おれだけがようやくこの場に追いついたように、色々な想いが込み上げて、進む足をせき止めた。鼻に残る火薬の匂いと血生臭さ、砂埃を紛らわすようにタバコをくわえれば、柔らかな黒髪が乾いた風に揺れる。
その一瞬が、痛む身体を引きずって、ようやく目にしたあの光景と重なって。
「サンジ?」
はっと我に返れば、大きな瞳におれが映って見えて。その間抜けな表情に笑いたくなった。
「悪い。考え事してた。」
そう誤魔化して、手に持った荷物を揺らす。
広がる砂漠の真ん中に座り込んで此方を見上げるその瞳が、熱すぎる太陽に煌めいて宝石のように瞬けば、胸の奥が締め付けられて、思わず小さく名前を零した。
まだ、何も終わっていないと言うのに、まるで、映画のクライマックスのようで。あの時、おれの頭の中は、いったい何を考えていたのだろう。包帯で覆われた柔らかなはずの肌に、かさついた唇。その全てが恋しくて、抱き締めたいと願いながら、おれはぶっきらぼうにゴーグルを差し出した。
ふわりと見開かれた瞳に、長い睫毛が飴細工のようで。
「取り返してくれたのか?」
甘ったるい声が耳に響いた。
痛む身体に、まだ滲む血液。それとは対照的に柔らかくて繊細な恋人。そのギャップが、心を掴んで離さなくて。何故だか胸が高鳴った。
「なんか、今日おかしくないか?」
心配げに向けられた視線は真っ直ぐで。
「傷が痛むなら、早く帰ろう。」
そう引かれた腕を強引に掴めば、人気の少ない路地へと進む。
買ったばかりの袋をカサリと足元に置いて、細い肩を壁に押し当てて逃げ場を奪えば、荒く漏れる息がいつもの冷静さを欠いて。
「・・・・・・サンジ?」
今、おれの瞳は何色に光っているんだろう。
自分の名を呼ぶ震える唇が恋しくて、胸が熱くなって。あの時欲した熱を今、受け取りたくて。レディとはまた違う肌の匂いと、首筋を落ちる汗に喉が鳴る。歯止めの利かない欲求にがっつきすぎだと囁くおれと、よく今まで堪えたもんだという賞賛の声が聞こえる気がして。
今の関係になって数ヶ月。狭い船の上という環境か、バロックワークスを敵に回したタイミングのせいか。はたまた、ウソップの臆病な性格のために、手を繋ぐことしかなかったおれたちには近すぎる距離。落としたタバコの火を踏み消せば、ふたりの睫毛が絡まって、合わせた額にふわり紫煙を吐く。
けほけほ咽せる様すら愛おしくて、涙で潤む瞳がきらりと光れば、
「ウソップ。」
そう小さく囁いて、ゆっくり唇を近付けた。
小さな顎に手をかけて、漏れる熱い息が鼻を擽る。ふっくらとした口元に、焦る気持ちを落ち着かせるように薄い唇を舐めれば。
「サンジ!!」
腕の中で震えていたはずの子羊が、おれの肩を押して。じっと見つめてくる澄んだ瞳が、まるで薄暗い牢の中に差した一筋の光のようで。
「お前が、何度目かなんて知らないけどな!おれは、お前と、」
瞬時、揺れた視線に真っ赤になる耳が可愛くて、先程までの焦りや黒い思いがすんと消えて。
「はじめては、ちゃんとしたいんだ。」
その言葉を合図のように、深く深く口付けた。とんとんと驚いたように叩かれた胸の痛みも、鼻から漏れる抗議の声にも気付かないふりをして。ただただ欲求に真っ直ぐに曇りのない想いを込めて、軽い手首を壁へと押し当てた。
今まで溜め込んだ気持ちを、啄む程度の愛で伝えるわけにはいかなくて。熱い吐息に、甘い口内を丁寧に味わう。
快感に飲まれるように力の抜けた指がぴくりと触れて、十本の指が静かに絡まる。きゅうっと時折、強く握られる手が愛らしくて。脱力し始めた身体にゆっくりと唇を離せば、銀色の糸が名残惜しげに切れた。
「お前の全てが欲しい。」
なんて、零れた声はあまりにも細くて。いったい何を思い出しているんだ、と苦笑が漏れた。
「いいよ。全部やる。」
そう力なく笑う瞳がやっぱり綺麗で、恋しくて。
砂っぽい風に買い物袋が揺れて。
狼少年はもう一度、初めてのキスをした。