「テメェ、昨日俺にバレないように帰っただろ?」 「あ、バレた?」 「あ、バレた?じゃねェだろォォォォオオオ!!」 「なんで来なかったんですかィ?」 「だ、だって2人と一緒にいたし…」 「へぇ、じゃあ誰かと一緒ならサボるってわけですかィ」 周囲から聞こえてくる怒鳴り声(それから罵倒)。 それを聞きながらも悠はイヤホンを耳に差し込み、音楽プレイヤーの音量を一気に上げた。 「ああんっ悠さん今日も素敵…!!」 「…」 「そうやって私を興奮させるつもりなのね…!!いいじゃない!!私をもっと…」 「あ、いたの?」 目の前でクネクネと体を捻る猿飛あやめことさっちゃんに悠は冷ややかな目でそう答えた。彼女の耳に差し込まれたイヤホンからは微かに音が漏れており、さっちゃんの声が聞こえていなかったことが窺える。 目をキラキラと輝かせるさっちゃんを尻目に、悠は大きな欠伸を溢し机に突っ伏した。 休み時間は残り5分を切った。新学期に入ってZ組の最初の授業は国語。 別に国語が嫌いなわけではない。悠自身、本を読むことは好きだし、言葉の意味を理解していれば楽な授業だ。 だが、問題があった。それは何を隠そう国語担当の教師はあの坂田銀八だからだ。 「授業始めるぞー席に着きやがれコノヤロー」 ガラリ、と戸を引いた男が声を上げた。国語の教師だというのに白衣を着た銀髪の男はめんどくさそうに頭を掻きながらも自分が開いたドアを閉める。 僅かにずり落ちた眼鏡の奥で覗く赤色の目。死んだ魚の目の如く煌めきがない。 そこまでですら教師に見えないというのに口にくわえられた煙草(本人はペロペロキャンディーだと言い張っている)の先からは煙がモクモク上がっていた。 机に突っ伏していた悠はそんな銀八を自分の腕と机の間から姿を捉え、その姿に影を被せた。 立ち上がっていた生徒が渋々と自分の席に戻っていく姿を見届けた銀八は片手に持っていたファインダーを開く。 「出席を確認…ってめんどくせえな。つーわけで欠席の奴は手を挙げろー。」 「いや…いないんですから無理でしょ…」 「新八は欠席っと…」 「ちょっとォォォォオオオ!!?なに欠席扱いしようとしてるんですかァァァァアアア!!」 昨日顔を合わせたとはいえ、休み明けの久しぶりのツッコミだった。 そのツッコミにうるさいなあ、などと内心呟いていれば悠ちゃ〜んと甘ったるい声が悠を呼んだ。 きたか、と静かに溜め息を付きながらも悠は瞼を閉じた。お願いだから関わらないでくれ、と願いを込めて。 「悠ちゃ〜ん無視しないでよー」 「…うざい」 「酷いっ!!俺と悠ちゃんの仲なのにィ!!」 「どんな仲だよ」 冷静にツッコミをする悠に対してオーバーリアクションをしたのはどこの誰でもない、銀八だった。 悠にとって銀八は兄のような存在であり、幼馴染のような関係…だった。 年齢を重ねると同時に次第に入る反抗期。それが運命の分かれ道だったのかもしれない。反抗期は兄のような存在であった銀八にも起こったのだ。 昔は毎日のように訪れていた家にも一切足を運ばなくなった悠に銀八は自ら足を運び、うざがられ続けた結果その延長戦が未だに続いているのだ。 結論をいうと、銀八はかなりの悠コンプレックスだということだ。悠が嫌がるのもよく分かる理由である。 「天パ野郎いい加減に悠ちゃんから離れなさい?」 にこり、と笑みを浮かべた少女がボキボキと不吉な音を指から鳴らせた。額に浮かぶ血管の跡と笑っているはずなのに全く笑っていない笑顔に銀八は両手を上げて後退りをする。 「さ、さーて授業始めるぞーこのやろー」 何事もなかったかのように(と言っても冷や汗は隠しきれていない)教科書を開いた銀八に数名の生徒は溜め息を付くか呆れ顔で彼を見つめるのだった。 ←|→ |