不覚にもときめいてしまった


夏休みと言ったら皆さんは何を想像しますか。祭り?海?花火?宿題?いやいや違うだろ…ここは世界最大の同人誌即売会であり聖地に赴くことだろ!!と、一人心の中で盛り上がっていた自分を殴りたいと穂南は愚痴る。ここは生徒会室で、夏休みであっても残された仕事をこなしていかなければならない。普段から邪魔とはいえ話し相手になってくれている谷原がいないのもあって早く仕事が片付いている。
そうそう、会長や他の誰かとくっつかないのかと尋ねれば「穂南のバカ!気づくまで許してやんない!」と言ったまま逃げ去っていった。まさか穂南にふさわしい男に…なんて言っていたのは気のせいじゃなかったのか、と頭を抱える。葉月に関しては元からだが、こう、谷原が来てからというものの周囲が変化した気がしてならない。

なんだって会長からキスされなければならないのか、とか。

どうしてデートをかけた戦いが起こったのか、とか。

彼らの身に何があったのかは知らないが、見るだけなら嬉しいはずの生徒会長または腐男子受けが繰り広げられている気がしてならないのだ。そんなフラグいらないのに…とため息をつくと、珍しく仕事が終わったらしい香坂と目が合う。


「ふくかいちょー、明日の約束覚えてるー?」

「忘れていませんよ、失礼ですね」


そう、体育祭の勝負に勝った香坂としていたデートの約束。ほかの男を取り合っていたのなら何倍ものおいしい光景になっただろうに。だがしかし、最近リニューアルオープンしたという水族館に行けるとなれば、内心嬉しかったりもする。だって入場料高いし。



というわけで当日である。穂南は親衛隊メンバーからあれよこれよと着飾られて、見違えるほどかっこよくなった気がした。しかし、それも待ち合わせ場所にいた香坂を見てしまえば霞んで見えたのだから膝をつきたくもなる。香坂は穂南を見つけると一気に破顔して近寄ってきたが、その間にもお姉さま方をキャーキャー言わせているのだ。


「何から見る?俺、ペンギンがいいなぁ」

「ペンギンですか、いいですね」


意外にも穏やかな雰囲気で水族館内を回る。さり気無く、人込みから庇うように立ち位置を代ってくれたりと、香坂の男前な一面に感心してしまう。


(やっぱりこいつもモテるんだよなぁ…)


迷子にならないように、と繋がれた手は振り払ってしまったけれど、それでも笑って自慢げに案内をする香坂が気になって仕方がないのは、どうしてだろうか。


「…香坂、」

「なぁに、ふくかいちょー」

「あなたはどうして、セフレと縁を切ったんですか?なぜ、あのようなくだらない勝負に出たのですか」

「今日のふくかいちょーは質問ばっかりだぁ。んー、そうだなぁ…ふくかいちょーが素で話してくれたらいいよ?」


グッと、壁に詰め寄られる。

誰かに見られたら、そんな不安は杞憂だったようだ。この水族館のメインでもあるショーが始まったこともあって周りには誰もいない。つまり二人っきりなのだ。でも、どうして香坂は自分の本性を知っているとでもいうのだろうか。その疑問が顔に出ていたらしく、香坂は困ったように笑った。…初めて見る笑顔だった。


「谷原と話してるの見ちゃった」

「ああ、そりゃ無理ないわな」


思わず素で話してしまうと、香坂は嬉しそうに笑う。そんなことで喜べるのかと首を傾げてしまうのも無理はない。が、しかし自分だと言うのは嫌だがギャップ萌えが嬉しいのかと考えれば納得しなくもない。


「そーそ、俺の前ではそのままでいてね?んーとね、セフレを切ったのは本命がいるからだよ。本命の子は何にも言わないけど、それでも本気でいかなきゃとられちゃうと思ってやめたの」

「香坂はそれでもいいのかもしんないけど、親衛隊の子たちはいいのそれ」


そう、香坂のセフレとは、親衛隊のことでもあるのだ。…決してチャラ男会計がそうじゃなくなるのが嫌なわけではないですよ、と穂南は誰に対してか分からないが言い訳をする。


「勝負に出たのも、自分がいかに本気なのかを知ってほしいからだよ。ねぇ、ふくかいちょーはセフレのこと最初だけ触れてあとは何も言わなかったのはどーして?」

「どうしてって言われても…」

「…まあ、いっかぁ。でもね、ちゃんと覚えておいてくれなきゃ嫌だよ」


何を、そう聞こうと言おうとしたらチュッと柔らかいものが頬に触れた。


「好きだよ、ふくかいちょー…もう、ふくかいちょー以外誰もいらないくらい、君が好き。ちゃんと俺のこと、意識してね」


真剣な眼差しに、普段浮かべているようなだらしない笑みも浮かべず。初めて見る香坂の姿の数々に、穂南は不覚にもときめいてしまうのだった。


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