それ王道イベント違う
どうしてこうなった。
あれから学園内で王道くんこと谷原は穂南的にはモテモテで生徒会に奪い合われる展開になるはずだったが、それは敵わず。それだけではなく気がつけば穂南のあとを追い掛けるようになっていた。
「あるぇ?」
「穂南様…谷原は間違いなく穂南様に惚れてますよ…?」
「小早川ちゃん、んなバカな」
ここは小早川の自室である。しつこく話し掛けてきた谷原から逃げるため小早川が招き入れてくれたのだ。しかし数日経っても懲りずに駆け寄ってくる谷原は逆に尊敬する。今では学園の名物になりつつある。
そんな谷原と生徒会は何故か険悪で、あの王子様なんて言われてる草薙以外は穂南の隣を離れず警戒していた。
「とりあえず食堂に行こう。お腹空いたから」
というわけで食堂に行くことにした。本当は小早川の同室である宗助がいれば作ってもらうのだが、いないので諦めるしかない。
食堂に向かえば歓声が一気に上がる。もうヒーローか何かになった気分だと思う。何もしてないのに。
「……久しぶりだな、穂南」
「―――っ!…葉月、耳元で話さないでください!」
「ククッ、相変わらず敏感だな」
そこに現れたのは風紀委員長の葉月和馬、生徒会長とは犬猿の中だ。ちなみに、うっかり名前を口にしてからは藤堂がしつこく一緒になるなと言ってきたが無理な話である。相手から来るのだから。
耳元で話され、ゾクリと腰にまで甘い痺れが走る。そんな穂南を背後から抱きしめようとするが、それを過ったのは運悪く。
「テメェ…雨宮に触るんじゃねーよ糞が」
「ああ?お前の言うことなんて聞きたくねぇな」
我らが会長である藤堂で、穂南を引き剥がしたあと二人で睨みあう。そんな二人のせいで食堂には緊張が走る。だが原因の一人である穂南はと言うと、
(あああケンカップルktkr!みんなの前ではこんな感じだけど二人きりになると甘くなるんだよね、知ってた!どっちが攻めなのか…俺様×強気?いやいや強気×俺様かもしれない美味しい!!)
「あ、あの…穂南様…」
自分に向けられている好意に気付くわけもなく無表情なまま妄想に走る穂南を察して小早川は泣きたくなった。早く二人をどうにかしてほしいと。
「はいはい騒がしい原因は退場してください二人とも。ほかの生徒が困るでしょう」
救いの手を伸ばしたのは風紀副委員長の二宮健斗だ。二宮だとわかるとさすがの葉月も苦い顔をして藤堂から離れた。二宮の長い説教を受けたくないからだ。
そんな二宮に生徒は心の中で感謝と尊敬の想いを膨らませた。
「…穂南、妄想してないで止めてよバカ」
「いった!でこぴんはやめ…いえ、何でもありません…」
バチンと音を鳴らしてでこぴんを食らってようやく妄想から帰ってくる。そんな穂南に呆れたように笑うと、二宮は小早川にお疲れ様と頭を撫でていた。まあ、妄想しかけて叩かれたのは無理もない。
ちなみに二宮と穂南は仲が良いと有名で、こうして穂南相手を叩いてもじゃれあいと思われているようだ。
「こんなことで嫉妬なんて情けないよ二人とも。俺が穂南の友達だって知ってるくせに」
「「うっ…」」
犬猿コンビを鎮めて食堂にいつもの活気を戻す。風紀一番の働き者である二宮はいつしか苦労人と周りが認識しているほどだ。
「ほら、帰りますよ委員長」
「チッ。また会いに来るからな、穂南」
「あー…、うん」
隣から鋭い視線が刺さるため曖昧に返事をした。そうして風紀二人がいなくなると藤堂から夕食に誘われ、小早川に促されて誘いに乗ったのだが珍しく大人しい藤堂が気持ち悪い。
「雨宮…俺も穂南って呼ばせろ」
ああ、そこは命令なんだ。言いにくそうに顔を背ける藤堂は何故か可愛く見える。綾鷹とは違った種類の犬みたいだ。
「そのくらいでしたら、お安いご用です」
「ああ。…ありがとう」
嬉しそうに笑うから、こっちまで嬉しくなる。思わず照れるように笑った穂南に、何を思ったのか藤堂の顔が徐々に近づいてくる。
「………っ!」
チュッとリップ音を立てて離れたそれ。ごちそうさまと笑う藤堂の声と生徒のざわめき、谷原の叫びと駆け寄ってきた生徒会メンバーの慌てる声。それら全てが遠くに聞こえた。
(何してんの会長!それは転校生にやるものだろ。食堂イベント…王道から離れてるよ?!)
咄嗟に現実逃避をした穂南の顔は真っ赤で、それを見た藤堂がほくそ笑んだのは言うまでもなかった。
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