さようなら恋ごころ
―――16回目の春、俺は初めて恋をした。
「おー。まだ残って練習してたのか、感心感心」
「すみません。もう片付けるからもう少し待ってて」
倉科大介、テニス部に所属し、部長を務める至って平凡な高校三年生。地元で一番強いと噂されているこの高校でキャプテンになるように命じたのが目の前にいる顧問、高根雄大。
高根は昨年の春に転勤してきた教師で見た目はだらしなく、本当に教員なのかと疑うほどであった。生徒からは男女共に“だいちゃん”と呼ばれ、親しくなっていた。
そんな高根は三年生が居なくなったテニス部の部長をやれと、倉科に言った。お使いに行ってきて、そう伝えるように。
「ほら、早くしろよー」
「わかってるよ」
その時は軽く流したのだが高根はいとも簡単に倉科が抱えていた苦しみに気付いた。気付いた高根は倉科を時に甘やかし、時に叱り慰めてくれた。
二人はキスもしたし、それ以上のこともしてきた。
しかし、ひとつだけ高根がしてくれなかったことがあった。
「好き」
倉科がそう言うと聞こえていないような素振りをする。笑ってごまかしたり、呆けていたとごまかす。そんな高根に気持ちを尋ねたことがある。しかし―――
「俺は好きじゃない」
そう言ってそっぽを向かれた。行為をしている時であれば知らないと、そう言うかのように深く突き上げられる。頭の中を真っ白に、何も考えられないようにするかのように。
だけど高根は行為を止めることはなかった。自分から倉科を求めることもあった。キスもしてくれた。
ただ、一度も好きとは言ってくれたことがないのだ。
先生と生徒。
10歳も年の離れた男同士。
ただの、遊びだったのだろう。このようなぐだぐだとした関係が、倉科には辛かった…だから、今日で終わらせると決めた。
今日は卒業式だ。
倉科は春からは大学生になる。高校からは離れた場所。自然と高根とは接点が無くなっていくだろう。自然消滅だけは嫌だ、だから。
(この関係に、ケリをつけよう)
卒業式を終えて周りが賑わいを見せる中、倉科は高根を呼び出した。普段から人の来ない、テニスコート付近にある場所へと。
「なんだよ倉科、こんな所に呼び出して」
「なぁ、だいちゃん…いや、先生。俺のこと、好き?」
高根は答えなかった。
無言を貫き通すいつもの態度に、もう駄目なんだなと理解してしまった。
「高根先生、俺は高根先生のこと好き“だった”よ」
「……倉、科?」
「先生は、少しでも俺のこと好きだって思ってくれてた?」
「……………」
「そ、っか。じゃあ、これが…」
最後だね、そう言った言葉に反応して顔を上げた高根にキスをした。触れるだけの、きっと高根にはなんの意味も持たないであろうそれ。
「ばいばい、先生。元気でね…今まで俺の我が儘に付き合わせてごめんなさい。ありがとうございました」
「くら、し……待て、倉科っ!」
何かを言っている高根の言葉を聞こえないふりをして、その場から走って逃げてきた。
「どうしたんだよ大介。あ、まさか女から逃げてきたんだろ」
「さぁな、んじゃ行くか」
合流した親友と歩き出す。
高根は追いかけてこない、それが答えなのだろうと倉科は考えた。忘れなければ、そう頭を振って前を歩く親友を追いかけた。
title by 確かに恋だった