神様は優しかった



―――真弥の生徒会脱退から早くも一ヶ月が経とうとしていた。


あれから会計の引き継ぎを行うために、約二週間は新しく会計になる生徒に付きっきりで始動をした。ちなみに、その生徒は何の因縁があるのかはわからないが、その生徒は彰宏と親しげに寄り添っていた男であった。
彼は理数系で頭もよく、真面目で素直な性格の生徒だった。真弥の説明も真剣に聞いていて、出来の良い彼に何処かいたたまれなく感じていた。自身に劣等感を抱かずにはいられなかった。

引き継ぎ中は忙しいからと他の生徒とは干渉せず、かといって終わって完全に会計を降りてからも部屋の移動含め忙しかったので気付けば一ヶ月経とうとしていたというわけだ。


「久しぶりだな、真弥」

「晴馬…久しぶり」


風紀委員長である晴馬に会うのは…いや、役職持ちの生徒自体との会話は久しぶりであった。休憩しようと立ち寄った校内にある自動販売機でばったりと再開したのだ。


「確かミルクティーが好きだったよな…飲むか?」

「別にそこまでじゃ…って何買ってるんだよ!いいよ自分で買うから」

「嘘つけ、本当は大好物な癖して…ありがたくもらっておけよ」


お礼も言わずに軽く睨んでから備え付けのソファーに腰掛け、受け取ったミルクティーに口をつける。晴馬もまた隣に腰かけてコーヒーを飲んでいた。


「……なあ、会わなくていいのか」


何が、そう聞こうとしてやめた。おそらく彼が言いたいことは一つだけだから。関係無いとばかりにそっぽを向いて勢いよく飲み干した。


「………一般生徒が近付きますと、他の生徒が騒ぎますよ」

「確かに、お前は既に一般生徒だけどよ…だけどまだ完全に別れたわけじゃないんだ。会ってもおかしくない」

「―――そんなの、」


わからないじゃないか、とぽつりと溢す。
確かに真弥は恋人であった彰宏とは別れていない。しかし例の現場を目の辺りにしているからこそ、これを自然消滅したと考えていた。その旨を話せば苦い顔をした晴馬がそこにいた。


「それに咎めるにしろ何にしろ、普通は向こうから何か言いに来るだろ。連絡も無いし…そう考えるのが妥当じゃない?」

「何を言っても無駄だっていうことがわかった…はあ、なんだかなぁ」


ガシガシと頭を掻く晴馬のため息に、真弥も肩を下ろした。しばらくすると、思い出したように顔をこちらに向けた晴馬から何かのチケットが渡される。


「遊園地のチケット?」

「知り合いから貰ったんだが行く相手に困ってな…良かったら一緒に行かないか」


一人一枚と書かれたチケットを受け取ると、胸からもう一枚取り出して行かないかと聞いてくる晴馬に自然と頷いた自分がいた。


「最近遊んでないし、楽しそう」

「決まりだな。日程は後日メールする」


そうして立ち去った後ろ姿を見ながら、自然と口元が上がった。子供っぽいと思う人もいるかもしれないが、真弥は遊園地が好きだった。成長するにつれて行くことの無くなった遊園地に行けることが、何よりも嬉しく感じた。



*****



約束をした当日、現地集合というわけで遊園地前にあるキャラクターの看板前で一足先に着いていた真弥は待っていた。まだかまだかと携帯電話を確認すると、駆け足が聞こえてきて顔を上げると、そこにはいるはずのない人物がいたのだ。


「すみません委員長、遅れま、し………ま、真弥?!」

「………お久しぶりです、副委員長さん」


副委員長、そう伝えると何処か泣きそうな顔をした彰宏。お互いが無言のまま立ちすくんでいると、ようやく理解出来たことが“嵌められた”ということであった。


「……委員長は、来られないみたいだ」

「……………そう」


なら帰ろうか。踵を返そうとした真弥の腕を掴んだ彰宏は視界をさ迷わせながら真弥に告げた。


「せっかくだし期限も今日までなんだ、遊んでいくぞ」




半ば強引に様々なアトラクションに乗せられている真弥。ジェットコースターにメリーゴーランド、コーヒーカップやゴーカートなど種類はいろいろあるが、そのどれもが真弥が好きなものばかりだということに彰宏は気付いているのだろうか。

(楽しいのに、笑い合いたいのにそれが出来ないのがこんなに辛いんだ…)

最近、晴馬に言われたことを思い返す。そうだ、後悔していないかとか会わなくていいのかと幾度となく言われていた。そして自分が全く諦めきれていないのだと自覚してしまう。

(素直になれたら、もっと素直になったらまた好きになってくれる…?)


「………どうかしたか?」


ぐるぐると巡る考えに俯いて立ち止まった真弥を心配してか、声をかけた彰宏に何でもないとばかりに声を上げた。


「お、俺っ!これ入りたい!!」

「でも此処…お化け屋敷、お前苦手じゃなかったか」


思わず入りたいと叫んだ場所は真弥が死ぬほど嫌いなお化け屋敷であった。しかし、またもや素直になれなかった真弥は強気な態度を取ってしまうのだった。


「別にもう平気だし、餓鬼じゃないんだ。どうってことないさ」


これが仇となった。
そうかよ、と一段と低くなり嫌味を含めた声音にびくりと肩が跳ねた。そのまま中へと入ってしまう彰宏の後を追うように入っていく。

(やってしまった…)

前を歩いているはずの彰宏の姿も暗闇ではあまり見えない。実質、一人で入っているようなものだ。上から骨の手が降りてきたり脇から女性が覗いてきたり、在り来たりなものではあるが真弥にとっては恐怖以外の何物でもなかった。

(やだやだ、怖い…怖いよ)

悲鳴を飲み込んで必死になって歩いていると、気付けば前にいたはずの彰宏が見えなくなっていた。焦りとパニックに陥った精神は既にボロボロになっていくのだった。
精神状態もよろしくなく、フラフラとした足取りで必死になりながら前へ前へと歩いていたところをガシッと足首を何者かに掴まれた。


「ひぎゃあっ…!う、うぅ…もうやだぁ」


恐怖から尻餅をつき、そのまま座り込んでしまう。そして追い込まれた精神は、次々と自己嫌悪によって更にズタズタになってしまう。

(嫌われたんだよな、もう…後戻りが出来ないくらい。尽かされてるんだ。だから…)

彰宏は居なくなった、そう結論付けた頃に何者かが真弥の名前を呼んだ。ああ、幻聴かなと目を向けるとそこにいたのは彰宏で。


「馬鹿がっ!苦手な癖に入りたがるからっ…いや、そうじゃなくて…大丈夫かっ?!」


真弥は涙が止まらないまま、そのまま彰宏へと抱きついた。ごめんなさい、ごめんなさいと泣きながら。
彰宏は何も言わないまま背中を撫でてくれた。


真弥が落ち着いた頃、大丈夫かと尋ねた彰宏に頷くとそっと立たされる。そして右手が温かいものに………手を握られたのだと気付いた頃にはゆっくりと歩き出していて、いきなりのことだから対応が出来ず恥ずかしさのあまり顔を俯けたまま腕を引かれて歩いていた。


「……ごめん。ま、…尾鷲が苦手だとわかっていて半ば無理矢理に入らせた」

「……違う、俺が我が儘で入るように促したんだ。副委員長のせいじゃない」


初めに名前を呼ぶことを拒否したのは自分だから、勝手に傷ついてはならないと自身を奮い立たせた。


「だけど、俺が変な意地を張らせなければ良かったんだ…本当にすまない」

「………うん」


気付けばお化け屋敷からはとっくに出ているというのに、真弥の手は彰宏に握られたまま。そうして次に向かった先は―――


「………観覧車」

「好きだろう、お前。お化け屋敷の詫びだ…ほら、早く乗るぞ」


好きだ、確かに好きなのだがあの狭い箱の中に二人で入るのだと理解するといたたまれない。


「…………」

「…………」


お互いが無言のまま、それがとてつもなく気まずかった。


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