おそ松さん | ナノ

芽生え
 その日、私はとてつもない緊張をしていた。私の彼氏である松野おそ松との結婚式の次くらいに緊張していた。
 大丈夫、大丈夫。何も怖がることなんてない、だって私とおそ松は夫婦なんだから、と自分をひたすらに励ます。いや、これは洗脳かもしれない。なんでもいい、落ち着ければ。

「……20時、39分」

 もうそろそろ、帰ってくるだろうか。チッチッと時計の針が時を刻む音だけがやけに響いて、私の緊張を煽る。

「すー……はー……」
「たっだいまー!!!!」

 深呼吸をし始めた途端、私の待ちわびていた人が帰ってきた。崩していた足を正座に組み替えて、彼がリビングへくるのを待つ。いつもは出迎える私がいないことを不思議に思ったおそ松が「あれー?梓音いないのー?」なんて言うもんだから少し笑えて、緊張もほぐれた。

「……って、うわっ!なんだよ!梓音いんじゃん!」
「おかえり」
「た、ただいま……ど、どうしたんだよ」

 スーツ姿の彼を見るのにも慣れたものだ。あの社会圧倒的最底辺人材でもなければニートでもない。そう、彼は就職したのだ。といっても小さな会社だから、と卑下するけど給料は高い。二人で暮らすなら贅沢をできるレベル。会社へ行く初日のスーツ姿に大爆笑した日が懐かしいな、なんて思い返していると静かな私におそ松はまた不思議に思ったらしい。

「え、な、なんだよ」
「ん?」
「お前のプリン食ったのバレちゃった!?あ!それともへそくり使ったのバレたか!?いや、また年下系のAV見たの怒ってる感じ!?」
「……ふうん、そんなことしてたんだ」

 プリンを食べた日、私はとても怒っていておそ松に聞いたら俺じゃねーって!!!ってものすごく焦った風に言うものだからてっきり信じ込んでいた。……って、この罪の制裁はあとにすることにして、私はそうじゃないよ、と伝える。

「な、なにかあんのか……?」
「……」
「……」

 私の緊張を知ってか知らずか彼も押し黙る。……伝えるのが、怖い。もし、拒絶されたらと思うと背筋が凍る。しかし、伝えなくてはならない。

「あのね、今日、病院に行ってきたの」
「うん、……は!?どこか悪いのか?!」
「そうじゃなくて、産婦人科」
「え」

「……妊娠、してた」

 …………。
 なんとも居心地の悪い沈黙。とっさに俯いた顔をおそるおそるあげてみると、おそ松は涙を流していた。

「え」
「こ、子供……?」
「う、うん。今、妊娠三か月目だって」
「そ、そう、か……子供……」

 そういってる間も涙は止まらなくて、どうしたの?なんて笑って聞けば「嬉しいんだよ!当たり前だろ!」なんて言うから、私はたまらず抱き着いた。

「喜んでる?」
「当たり前って言ってるだろ!喜ばない奴なんているのかよ!」
「……本当はね、伝えるの怖かったの」
「な、なんでだよ」
「『は?子供?まだ早くねー?』なんて言われたら、って」
「おい!俺はどんだけクズだよ!」
「だってクズじゃん。ニートじゃないけどさ」
「ぐっ」
「……でもそっかあ、嬉しいのかあ……」
「当たり前。これ、三回目だぞ」
「ふふ」

 ずず、と鼻をすする。「泣くなよ」なんてあまりに優しい声でいうものだから「泣いてなんかないし」と抗議する。「そうかそうか」と子供扱い。でもなぜかそれがやけに嬉しくて。

「……ありがとう」

 お腹を触ればほんのりと温かい。ここに、命があるんだ。
 私、お母さんになるんだ。……おそ松との子供を、産むんだ。なんて考えたらさらに涙が止まらなくなって。

「ったく、子供かよ」
「うるさい」

 なんて口では言いながらも、おそ松は私が泣きやむまでずっと抱き締めてくれた。


芽生え
(ねえ、名前は何にする?)
(五郎松!)
(絶対やだ。)
(え)

※ 紗織さんからのリクエストです。ありがとうございました!

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