純白の奇術師 彼は、白鳥のように見目麗しく鮮やかだ、と。初めて見たときに思ったことだった。そして怪盗らしくもない紳士な立居振る舞いであり、キザなコソ泥と言われることもあるようだ。
「……ああ、奪われないかなぁ」
なんて、そんな叶わない想いを口に漏らしてみる。願わくば、私のお父様が所有する宝石と一緒に攫われてみたい、なんて。
「……?」
なんだか、下が騒がしい。なにかあったのだろうか。
「っ……!ナマエ、さん……!」
「?……どうしたの、そんなに慌てて」
部下の一人が慌てて入ってくる。手には何かを持っており、それを私に差し出すと。
「かっ、怪盗キッドが……!」
「え」
”怪盗キッドが、宝石を奪うと予告状を差し出してきました……!”
「……え、っと。それは、本物なの……?」
「間違いありません、社長も動揺しているみたいで……」
「…………わかったわ、私に任せて」
「社長は会議室にいらっしゃいます……!」
思わず、駆け出す。こんなにも早く、私の願いが叶おうだなんて思ってもいなかったから。口元に思わず笑みが浮かぶのを慌てて隠し、会議室へと急いだ。
* * *
「おとっ……社長!」
「おお、ナマエ!私のところに、予告状が……」
「ええ、聞いてる。……ねえ、それ。私に任せて欲しいの」
「…………なにか、考えがあるのか?」
「そう」
「……わかった、お前に任せよう」
「……ありがとうございます、社長」
* * *
さぁぁぁっ、と夜風が髪に靡き、揺れる。少し鬱陶しく思いながらも”彼”の到着を待つ。あの夜、咄嗟に私に任せて欲しいと言ったのに、考えなどなかった。ただ単に彼に近づきたい。その一心で。あわよくば攫われてしまってもいいと。
「……おやおや、御嬢さん。こんな所で御一人ですか?」
「……!」
すぐ後ろから、ずっと逢いたいと思っていた彼の声が聞こえる。……ああ、どうしよう。今すごく、胸が高鳴っている。
「……ようこそ、”怪盗キッド”様」
「私の名前をご存知ですか。なんと嬉しいことで」
コツコツ、とゆったりと優雅にこちらへ歩いてくる。そんな姿にときめいてしまって、思わず気を緩めてしまった。いけない、相手は本物の怪盗なのだから。
「それで、貴女は一体なぜ此処に?」
「……私が、宝石を持っているの」
「!……これはこれは、まさかお目当てのものから近づいてきてもらえるとは思ってませんでしたよ」
「あら。奇術師様の肝を抜くことは出来たのかしら」
ふふっ、と笑い敢えて私もキザな態度をとってみせる。少し驚いた様子を見せて、私と同じようにくすりと笑った。
「そうですね……。どうせなら貴女も攫ってしまえるのなら私も肝を抜かれたことでしょう」
「攫ってください」
「は……?」
「宝石と一緒に私も、攫って欲しい……です」
「………………」
今度こそ本当に目を見開き硬直した。が、しかし。すぐに平静を取り戻しポーカーフェイスを作り直す。
「積極的な御嬢さんは嫌いではありませんよ」
「この宝石、貴方に差し上げてもいい」
「……?」
胸元から紅色に輝くペンダントを取り出し、彼に見せる。
「でも、私も一緒にじゃないとイヤ、なの」
「……攫われるのは本望、と?」
「ええ」
「……くくっ、ははは!」
「!」
私の負けですよ、と言うが早いか腰に手を回し、抱き寄せられる。
「きゃっ……え、えっ?」
「社長令嬢がこんなことをしていいんですか」
「ど、どうしてそれを……」
「これですよ、これ」
そう言って私の名刺をひらりと見せる。……いつの間に盗ったんだろう。さすが、月下の奇術師ね。
「それにこんな格好、私を誘っていらっしゃるのですか?」
「……っ、ちがっ……」
「胸元が大きく開いたタイトなドレス。……いくら紳士な私と言えども理性を保てませんが」
「…………っ、う……」
「(!?お、おいおい……泣くのか……!?)」
「は、はなしてっ……」
「……何故でしょう?」
「はず、恥ずかしい……っから!」
「! (……っあー、これはさすがにマズいぜ……どうする、怪盗キッド様よォ)」
「やっぱり、ダメ……!」
「と、申しますと」
「宝石だけ、もっていって……!」
恥ずかしすぎて、顔から火が出そうだ。ふっと緩められた腰の拘束が解かれ、私は慌てて離れる。……もう、私は満足したから、せめて宝石だけでも。
「……いえ、今回は何もいりません」
「っ、え」
「月下で煌く貴女の姿、一目見たときに心奪われてしまいました」
”次に逢うときには、貴女の心(ハート)を攫いに参ります。”
と、左手の薬指にキスが落ちる。私の横をすり抜けて飛んでいく姿は、まさに白鳥のようで。……胸のドキドキを隠せないまま、私は突っ立っているのだった。
純白の奇術師
(純白紳士が心を奪われたのは、)
(純白可憐な月夜の美人。)