AMNESIA | ナノ

逆転シンデレラ
「おかしいだろ」

くじを引き終わった彼は、これほどまでにない不機嫌な顔でそう吐いた。

「なんでお前が王子でオレがシンデレラなんだよ。どう考えてもおかしい」
「ぶっ…シン…シンが…シンデ、レラ…!?」
「おい、トーマ。笑ってんな、すげーイラつく」
「…えっと……交換、する?」
「だめだめ、チェンジはなし!そんなの平等じゃない」
「イッキさんは、いいですよね。…魔女だし、似合ってるし」
「ちょっと。それどういう意味?」
「まさにイッキュウじゃないか。その体質とかな」
「それは言わないって約束でしょ。ケンは…継母か。似合ってるね?」
「どこがだ」
「ねちねち細かそうで、頭固そうなところとか?」
「おい、失礼だぞ」
「それを言えばトーマも意地悪って部分が合ってるよな」
「ちょっと、本人の前で言うのどうかと思うんだけど」

それぞれが口々にぶつぶつ文句を言っている。私が王子様で、シンがシンデレラ。駄洒落じみているけど、仕方ない。これは、冥土の羊でコスプレをして奉仕するイベント。

「はぁ…やってらんねーよ」
「まぁまぁ。1日だけだし。大丈夫だろ」
「メンバーは決まった?あらぁ、王子様がなまえちゃんなんて面白いわね」
「店長…理不尽です。とてつもなく理不尽です」
「シンくんはシンデレラ?…シンくんの女装が見れるのね!」
「…ノリ気なんですか。…はぁ」

そうして、シンの不機嫌さが取り除かれないままイベント当日になって―――……。



「今日、シンくんはホールに出てもらうわね」
「……は!?」
「だって、せっかくかわいい格好しているのにもったいないわ〜」
「……拒否権は」
「ないわよ。今日の厨房はケントくんとアタシで進めるから」
「………………わかりました」

ああ、シンの機嫌が急降下していく。どんどんオーラが黒色に…。

「さぁさぁ、開始しましょう!」
「…はい」

CLOSEからOPENに看板を変える。
するとぞくぞくとお客様が入ってくる。

「お、おかえりなさいませ、お嬢様…」
「シ、シンくん…!?女装、してるの…?」
「……はい。何名様でしょうか」
「あっ、えと2名です!」
「…シンくん、すっごい似合うね。かわいい」
「思ったー!今日来てよかったぁ」

意外に、というより俄然シンが人気になってる。女の子はもちろん、無愛想な表情が男性にも受けている。

「すいませーん」
「はい、なんでしょうか、お嬢様」
「わっ、王子様だ…!カッコいい…」
「ありがとうございます。…それで、ご注文はお決まりでしょうか?」
「はい、えっと、冥土の羊オムライスを2つと紅茶を2つ」
「かしこまりました。紅茶はミルクは必要ですか?」
「1つだけつけてください」
「かしこまりました。それでは少々お待ちください」

ほう…と彼女たちは息を吐く。王子が女性だということはもちろん、承知している。だが、そこらの変に着飾った男性より、美しいのだ。

「お前もシンも、すごい人気だな」
「嬉しくない。…はぁ、まだ先が長い…」
「でも、シン。かわいいよ?」
「だから嬉しくないっていってるだろ」

慣れないスカートで少しぎこちない動きもまた、シンの人気の理由のひとつにすぎなかった。

「冥土の羊オムライス、出来上がったぞ」
「あ、はい!もっていきます」
「よろしく頼む」

さっと受け取り、テーブルへ持っていき。ことりとしなやかに置いたその動きは、服装のせいかいつにも増して優雅で見惚れてしまうほど。女の子たちの目がハートになってしまうのも仕方がない。

「お待たせいたしました。冥土の羊オムライスです」
「あ、ありがとうございます……っ」
「それでは、ごゆっくり」

そんなこんなで口コミから口コミで瞬く間に広がり……今までにないほどの大盛り上がりとなったのだった。


* * *


「……疲れた。いつもの70倍くらい」
「うん、私も」
「おつかれ。二人とも慣れない格好だしな」
「いやトーマもだろ…」
「俺は…まぁ、疲れてるけど二人に比べれば平気」
「三人とも、今日はご苦労だった。私とイッキュウは先に帰るが、
店長が少しなら残ってもいいと言っていたのでな。ゆっくりしているといい」
「それじゃあ、またね」
「はい。ケントさんとイッキさんもお疲れ様です」
「おつかれさまです」

パタンと扉がしまり、トーマがんーっと伸びをする。

「そんじゃ、俺も帰るかな」
「わかった。おつかれ」
「シンとなまえは?」
「オレは精神的に今すぐ帰ろうって思えない疲労感だからまだいい」
「……私も、もうちょっといる」
「そっか。じゃあシン、夜遅いから気を付けてな。なまえも」
「うん」
「ガキ扱いすんなよな」
「はは、悪い悪い。じゃ、おつかれー」

もう既に着替えていたトーマは自分の荷物をとると店から出て行った。

「……疲れた。ねみい」
「…………大丈夫?」
「大丈夫なように見えるか。これが。…ズタズタだよ、色々と」
「そう、だよね。私はまだいいけど、シンは女の子なわけだし…」
「ちょっとそれ、言い方悪いからやめてくれる。オレは男」
「あ、ごめん。シンは女の子役なわけだし、だね」

少し思案するように考え込む。そして、なにか名案が思い付いたかのように徐に立ち上がりこちらに近寄ってくる。

「……シン?」
「なぁ、いつもならオレがリード役なわけだから自制してたけどさ」
「え……?」
「今日は”女”なわけだから、我慢、しなくてもいいよな」
「ちょ、ちょっとまっ……んっ!」

壁に押し付けられてキスをされる。息をしようと口を開ければ舌を入れられて思考が甘美な何かで埋め尽くされ、朦朧とする。

「シ、シンっ……」
「何、お前それ誘ってんの。すげーそそられる」
「そ、そそ…!?ちが……」

シンの手が私の太ももにかかる。びくっと肩が震え、シンから離れようとしたとき。シンの力が緩められ、私にもたれかかる。

「…?シン…?」
「すー……すー…」
「…寝て、る?」

そっか。そうだよね。いつもは厨房でそんな動き回ることもしないしそれに女装もしてたし。もともとシンは目立つことが好きじゃない。接客もあまり向いていないから、神経使ったんだろうな。

「……おやすみ、シン」

クールなシンデレラの寝顔はとても男性とは思えない可愛さ。……たまには、王子という立場で見てみるのも悪くない、かも。と、そう思って幸せになった夜だった――…。

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