Love you fool 「んっ……」
啄むようなキス。それがただ心地よいのか苦しめるのか、私にはわからない。ただ君のキスを受け入れ、無抵抗に愛すだけ。
「……ん、はっ……」
空気も愛もなにもない空間に一人でぽつんと取り残されたかのように、私はただぐるぐると眩む愛おしいとさえ思える眩暈を受け止める。彼のキスに、愛なんてない。それは、わかっていたはずなのに。どうして、苦しいと、哀しいと…愛しいと、思うのだろう。
「っ、トー、マ…」
「……喋らないで」
私は彼の前で喋ってはいけない。心の中で「好き」と呟いてみても虚しく意味もなく動き続ける心臓の中へ消えていくだけ。隙間を埋めるように彼は私を求めて、私も彼を求める。それは噛み合うことはあっても、交わることはない。
「……好きだよ」
「(……私も)」
でもそれは、偽りの愛だから。彼は好きだ、愛してると言ってくれるけど、きっとそれは私じゃなくて――……。
「――っ。……ごめん」
「(どうして、謝るの?)」
「もう、喋っていいよ」
ふ、と拘束をとかれ、私は肩の力を抜いた。でも、どうしてか喋る気にはなれなくて、そのあともずっと無言のままでいた。
*
次の日も、その次の日も、そのまた次の日も、やっぱり私は空虚感に包まれて、彼と会うときは喋るのを避けようと無意識に決め込んでいた。
「……なんで喋らないの?」
「(喋ったって君が愛してくれるわけじゃないでしょう)」
それなら無闇に喋る意味もない。ぽっかりと心に大きく穴が開いたかのように物足りなくて、でもそれがどうやれば埋められるのかわからなくて、気が付けば私の目から涙が出てきた。
「っ、ちょ。なんで泣くの…?」
「(悲しい、苦しい、寂しい、切ない、……愛しい)」
感情が矛盾して、ぐるぐるぐるぐる、脳を溶かしていくよう。それはとても滑稽に思えて、ついふっと笑いが漏れた。
「……トーマ」
「…やっと喋った」
「私は、私なの。私はなまえであって、花音じゃない。トーマの欲しい花音にはなれないの。」
「(だって彼女はもう、喋ることも笑うことも照れることも、できないんだから)」
彼女は数か月前、不慮の事故で亡くなってしまった。それ以来、トーマは壊れてしまった。花音のいない世界なんて、知らないかのように。いない世界なら、いる世界に変えてしまおうと、私に手を伸ばしたのだ。
「……かの…「トーマ。これ以上続けたら私も壊れてしまうよ」
「……だから、私はもうトーマとは会わない」
「…………ばいばい、トーマ。今までありがとう」
ぴたりとパズルのピースが嵌るかのように私の心の穴も埋められた。ような気がした。
……やっと、心の底から笑えるような、そんな気がした。