雲ひとつなく暗い藍色がかった闇の夜空に、ぼんやりと浮かぶ金色のまるい月。
冷たい色をした満月は、全てを見透かしたように闇に潜む者の姿を映し出す。
ひらり、と舞うその姿を…


新撰組屯所、皆隊士たちが眠った頃、副長土方の部屋にはまだ明かりが灯っていた。
その部屋に向かう人影は足音を潜めやや早足で進む。

「失礼します。」
「こんな晩くに悪いな、山崎くん。」

土方は文机に向かったまま烝に仕事の内容を説明した。


『「湖池屋」に長人数名が潜伏しているようだ。悪いが山崎くん、しばらく湖池屋に潜入して様子を監視してくれねぇか。』




――――――

【湖池屋】

うまく潜り込めた烝は『お泉』に変装し女中として働くことになった。
男よりも女の方が警戒されにくく、潜入するにはもってこいなのだ。
土方の行っていた通り、湖池屋には長人が宿泊しており、これから暢気に宴会を始めようとしているところである。

「あぁ?お前さん見ねぇ顔だなぁ」
「今日からお世話んなります。お泉いいます。よろしゅう」
「ほぉ、べっぴんじゃねぇか」
「ほんまぁ?うれしいわぁ」

寄ってくる下っ端と思われる浪士たちをかわしつつ、それとなく酔っ払っている者へ近づく。
酔っ払いほど口の緩いものはいない。

「お注ぎしましょか?」

上機嫌の浪士は烝を隣に座らせ、腰のあたりをスルスルと撫でまわしてくる。
その嫌悪感を内に抑え込みながら烝は浪士に少し寄りかかり、情報を聞き出すために口を開く。

「今日はなんや、ええことあったん?」

酔っ払いはこの一言で上機嫌に話しだす。
それが重要なことでも、些細なことでも。


  カタンッ

急に静かになる周りの浪士。
入口の方はたくさんの浪士たちがいてここの位置からは見えにくい。

(……なんや…?)

入口付近の浪士たちの顔は緊張と畏れで固まっており、誰一人声を発そうとはしない。

ザっと人込みは割れ、その中から出てきたのは…――――

――――吉田稔麿…

なんでこんな大物が…
烝は隣にいる浪士に隠れるように下がる。

ふっとしたようにこちらに向かってくる稔麿に、烝は身を少し硬くしたまま、目は離さなかった。
離したら持っていかれる…そう感じずにはいられないほどの、狂気。

「ずいぶんとイイ女がいるようじゃないか。」
「え?あぁ、はい…」

隣の浪士はまさか自分が話しかけられるとは思わず、しどろもどろになって答えた。

「その女、譲ってくれ。」

烝は浪士の着物の裾をきゅっと掴み、「行きたくない」と意思表示するが、下っ端の浪士が稔麿に逆らうことが出来るはずもなく、烝は稔麿に連れられ別室に行くことになってしまった。



――――――――――――
稔麿が用意していた別室は、薄暗く落ち着いた雰囲気の部屋たった。
上等な酒も用意されてあった。
だが、いつもいる小姓の姿がない。
今迄監視してきて、稔麿がこういうところに来た時必ずと言ってもいいように小姓はついて来ていた。

格子の傍に腰を下ろすと、早速といった様子で酒を呷った。
しばらく無言のまま飲んでいた稔麿が、ふいに呑むのをやめ、その様子に烝は内心緊張を走らせた。

「どないしましたん?もう酔ってしまわれたんどすか?」

酒が空になれば、取り替えてくると言ってここから去ることが出来る…
そう考えてまた呑ませようと声をかけるが心底おかしいと言わんばかりにくくくっと笑い始めた。

「くくくっ…で、欲しい情報は手に入ったのか?」
「たしか…山崎烝、といったか?女装して媚を売るなんてご苦労なことだな?」
「嫌やわぁ。いきなり何の話なん?」

まさか…なんで名前までバレているのか。
なんとか誤魔化して逃げられればそれでいい。
名前と自分が男だと知っているのは密偵としてまずいが、背に腹は代えられない。

「もう、変な冗談言ってないで…ッ」
「惚けるか?まぁ、服を脱がしてしまえば、惚けるも何も出来なくなるなァ?」

急に手首を掴まれたと思えば、その勢いで押し倒され、襟元を掴まれたままそう脅される。

(…あかん…もう誤魔化せへん…)

「………離せや。」

烝は殺される覚悟で声を発する。
どうせもうばれている。演技を続ける必要は、もうない。

「…殺すんやったら殺しぃ。」
「命乞いはしないのか?つまらないな。…いや。流石土方の犬、というべきか?」
「………。」
「本当につまらないな…。ならば、こっちで楽しませてもらおうか。」

そう言って掴んでいた襟元をぐっと引っ張る。

「な…ッ!」

あっという間に着物は肌蹴、烝の白い肌が露わになる。
顎から鎖骨、肩へのラインをスルスルと撫で廻されるその感触に、はっきりと感じる嫌悪感とゾクゾクと背中を駆け上がる快感に烝は必死に抵抗しようと掴まれている手首を思い切り暴れさせるが、上からかけられる力に敵う訳もなく、ただただ体力を消耗させるだけだった。

「…っ離せッ…!!」
「捕えた兎をそう簡単に逃がすとでも…?もっと抵抗してみろ。その方が面白い。」
「ふざけっ…!…ぅん…っぁ!」

じわじわと施される愛撫に、身体がだんだんと熱を持ってくる。意識とは関係なしに。
気持ち悪いと思っていても、身体が拾うのは快感だけ。
そして目の前で自分の身体を弄んでいる男は、烝の想い人、土方によく似ている。
チラリと目が合うたびに垣間見せる表情が、何故か土方にかぶってしまい浪狽えてしまう。

(……副長っ)

もう逃げられない。土方以外の人に抱かれてしまう。
その絶望は烝にとって、とてつもなく大きかった。
そしてその絶望を烝の身体奥底に刻み込むように、犯し続けた。

何度も、何度も…



―――――――――――


暗闇に浮かぶ眩し過ぎるほどの月。
夜風に当たるために縁側に出ていた土方は、何気なく月を眺めていたが、ふと月が陰ったように思えた。
その瞬間に感じだ胸騒ぎ。
これは烝が任務に行ってから頻繁に感じていたものだった。
いつもにはない感情に、どうすればいいか分からず、月を見上げる。
不安に思いつつも、待っていることしか出来ない土方は烝が無事に帰ってくることを願い、目を閉じた。
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