Sweet




「は?チョコ?」

自身の研究室にて仕事をしていた阿近は、この場に少々相応しくない言葉を聞いた。
今現在、阿近の研究室内では、義骸の部品である手や足が散乱している状態なのだ。
そんなところで、まさか「チョコレート好きですか?」などと問われるとは思わなかった。
阿近は一度作業をする手を止め、先程チョコレートなどと宣った檜佐木を訝しげに見た。
対して檜佐木は若干の楽しみを顔全体に溢れさせて、阿近の面倒臭いという表情などお構いなしに言い出した。

「2月なんですよ?現世で2月と言ったら、あるじゃないですか。お決まりのイベントが」
「ここは現世じゃない。面倒臭いもんは却下だ」

檜佐木の言いたい事は分かっていた。
なんせ、現世の状況を監視しているのは技術開発局であり、現世のテレビを見るのが趣味なヒヨスとは阿近は長い付き合いだ。面白そうなイベント類は逐一報告されてしまう。
なので、檜佐木の言っている2月のイベントというのは、きっとバレンタインと言うものなのだろうと察しがついた。

「いいじゃないですか!今度精霊挺通信で特集組むんですよ。協力してください」
「松本にでも頼めよ。あいつだったら喜んで協力してくれんだろ」

松本だけではなく、女性死神協会なら企画を倍にして役目を果たしてくれるはずだ。
ただ、やはり巻き込まれる日番谷や朽木には苦労をかけてしまうだろうが、背に腹は帰られない。自分さえ巻き込まれなければ良いのだ。勝手にやってくれ。

「俺だって乱菊さんをと思ったんですけど、駄目なんです。今回の企画は“男性が作る、贈る、愛しいあの人へのバレンタインチョコレート”なんですよ」
「あ?なんで男が作んなきゃなんねぇんだよ」
「乱菊さんの案なんですよ。今じゃ現世も逆チョコとかやっているらしくって。女ばかりあげるのは不公平だっていう女子の意見も多いんですよ。だから今回は男性からの愛ってわけです」

そんなもんだろうか。3月にはホワイトデーなどという日もあるのに不公平と言えるのか、とも思うのだが、松本に言われているのなら檜佐木は逆らえないのだろう。それに、檜佐木は取材となると使命感に燃えてしまう。なんと面倒臭いものか。

「阿近さんはバレンタイン、あげる人とかいるんですか?」

何時の間にやら、檜佐木の手にはメモ帳と筆が握られ、取材体勢へ入っていた。
仕方がないとばかりに白衣のポケットからタバコを取出し、火を付ける。深く吸い、一息止めてゆっくりと吐き出した。
タバコを咥えたまま、阿近は机に向き合い手を動かしはじめた。もう話は聴かないという意思表示だ。

「あげねぇよ。だから俺はそんなの関係ないんで、さっさと帰ってくれませんかね、檜佐木副隊長殿」

仕事の邪魔なんで。
そうあしらいながら作業をしていると、阿近の背後から腕を取られた。
腕を掴んでいるのは檜佐木以外にはいないのは分かっているのだが、先程話していた雰囲気とはガラリと変わって一瞬別人なのではないかと思ってしまった。

「阿近さん……あげる人いないんなら、俺にくださいよ」

捕まれた腕を引っ張られ、また檜佐木と向き合うような形になった。
予想もつかなかった事態に阿近は呆然と檜佐木の顔を見上げていたが、すぐに正気に戻ると、手を振り払おうと自分側へと力を込める。
しかし、いつも剣を振るって稽古を続けている副隊長と、研究室に籠もりきりの局員の力の差は歴然だった。
痛いくらいに腕を捕まれたまま、どうすることも出来ずにただ体力を削られてしまい、阿近は微かに息をあげている。

「離せ……」
「お断りです。ねぇ、俺阿近さんからチョコ欲しいんですよ」
「あんただったら女から貰えるだろ。院生時代からモテてたって聴いてる。それに、俺からチョコなんて貰っても、なんも良いことないだろ……」

阿近の言うとおり、檜佐木にはファンが結構多い。真央霊術院を首席で卒業し、副隊長への出世も早かった。松本や阿散井に対しては威厳を失いつつあるが、部下にしてみれば、仕事も出来て平隊士にまで気を配ってくれる良き上司だ。
そんな檜佐木が、有能だが変人、技局の鬼と言われる阿近に「チョコが欲しい」とは、どこか頭でも打ったのだろうか、と訝しむ。

「阿近さんが、いいんです。阿近さん以外から貰っても意味ないですから」

腕を引っ張られ、阿近の体は檜佐木に抱き締められる。肩に顔を埋められて擽ったさに身を捩った。

「まだ、気付いてくれませんか?」
「好きです、阿近さん……」

檜佐木の息を含んだような囁きに思わず肌が粟立つ。
自分のそんな感覚に羞恥を覚え、阿近は檜佐木の胸を押して少しでも距離をおこうと試みたが、阿近の細腕と檜佐木の鍛えられた体では距離は開かず、逆にもっときつく抱き締められてしまった。

「逃げないで下さいよ」

可愛いなぁ。逃げようとする阿近に対して、愛おしそうに呟く。
それが阿近を居たたまれなくする事を知りながらも、檜佐木は抱き締めたまま「可愛い」「好き」を繰り返した。

「ねぇ、阿近さんは?阿近さんは俺の事、どう思っているんですか。嫌い?」

阿近の肩口に頭を埋めながら、弱気交じりの声色で小さく問われる。
あんなに好きだなんだと言っていたのに、と阿近は檜佐木が弱気になったことでなんとか落ち着いた頭で思った。

「あー…檜佐木……俺は別に、お前の事は嫌いじゃない。むしろ、気に入ってる」

阿近は胸を押し返していた腕をゆっくりと檜佐木の背中へと回し、抱き返した。
そっと添えるようなその手に、檜佐木は驚愕の色を見せると、嬉しそうに阿近に擦り寄った。まるで犬か猫のようだ。

「俺の事好きとか言う物好き、お前くらいだ」
「嬉しいよ。でもな、俺は恋愛事に興味なんてなかったし、経験もないしどうすればいいかなんて知らねぇ。お前の事をそういう対象に見れるかどうかも分からねぇよ」

阿近が言葉を続ける度に、檜佐木は悲しそうに顔を歪める。力強く抱き締めていた腕もだんだんと自信を無くし、力なく阿近の白衣を掴んでいる状態だ。
うなだれている檜佐木の頭に手を添えて髪を梳かしながら、だから……と阿近は言葉を続ける。

「惚れさせてくれよ」

わざと檜佐木の耳元で囁いてやると、ふるりと体を震わせた。
そんな檜佐木の様子に気を良くした阿近は可笑しそうに口元を歪め笑った。

「そしたら、お前のもんになってやってもいい」

そんな発言を聞くと、檜佐木も黙ってはいられなかった。
先程は打って変わって勝ち気な笑みを浮かべると、阿近を抱き込んだまま阿近の顔を見つめた。

「もう、遠慮なんてしないですよ。覚悟しておいて下さい。惚れさせてみせますから」
「あぁ、楽しませてくれ」








---------------
これから修ちゃんはバレンタインにチョコ作ったり空き時間は技局に通ったり貢いだり大変なんだろうな。
多分初夜迎えたら阿近さんの呼び方も檜佐木→修・修兵に変わるはず。
最中に無理やり呼ばせるんですね、わかります。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -