あまいかおり
 

チビはあまり家にいない。朝と夜に顔を合わせればいいほうで、3日帰ってこないこともある。
俺が食事する時に近くにいれば一緒に食べるが、フーズが気に食わないのか人間が気に食わないのか、決して美味しそうには食べないので無理強いはしていない。それでも強引に腹に詰め込んではいることもあるようだが。なんとなく、気まずい。

まあ人間といても息が詰まるだけだろうし、かなり強いようなので放って置いても構わなそうだと結論づけて、あえてあまり関わらないようにもしている。
この辺は凶暴なポケモンも生息してないし、だからこそトレーナーでもない俺みたいなのが正真正銘一人で暮らせていたわけで。

それに、たいして遠くに行っていないのは分かっていた。 3日も置かずに玄関マットに積み上げられたきのみが証拠だ。定期便のように置かれたそれらは、宿代のつもりなのか、狩りの出来ない俺への哀れみか。幼い頃に読んだ絵本を思い出して、少し複雑な気分になった。俺はチビを撃ち殺したりしたくはない。

なんにしても量が多い。いや正確には量は大したことないけど頻度が多い。貯まる一方だ。

「んー…………ジャムだなこれは」

ついに冷凍庫まで侵食し始めたモモンに宣戦布告をして、砂糖の在庫を確かめる。…………あんまりないな。まあモモンは甘いから大丈夫か。
そういやこの前バターが安かったから買い溜めてたはずだ。小麦粉……はあるな。あ、卵の余裕はないわ。ふむ。

ところでポケモンって人間の食事とって大丈夫なのだろうか。具体的には脂肪と糖の量なのだが。端末で調べりゃなんとかなるか。

ーーーー


風が、あまいにおいをはこんできた。おかしなにんげんのねどこのほうだ。

ふしぎに思いつつとびらをあける。いつもごはんを食べる台の上に、今日はなにかがおいてあった。
小さな皿に、さんかくのきらきら光るこむぎ色が乗っている。くん、と鼻を近づけると、香ばしくてあまい匂い。おいしそうだ。

あたりにあのにんげんはいない。においはするから、たぶん家のおくにいるはずだ。

これは、どうやって食べるものなんだろう。そもそも食べてもへいきなのか。あそこでは、食べるとあたまがいたくなるものとかあったけど。でも、ここで食べたものは、そんなにわるくなかった。


「おー おかえり。食っていいぞ?」

おくからにんげんが出てきて、おれをみて笑った。食べて、いいのか。

ーーーー

いつのまにやら帰ってきていたチビは、テーブルの上のパイに釘付けになっていた。甘いモモンを控えめの砂糖でコトコト煮て、バターたっぷりの生地とサックリ焼き上げた力作だ。
好奇心が隠しきれてない瞳と、かすかにひくひく動いている鼻が子供のようで、耳だけがあたりの様子を伺っているのだから正直面白い。ゆるく口角があがる。

俺の許可を得たチビは、行儀よくイスによじ登ってパイを引き寄せた。たっぷり乗っているモモンがこぼれないよう、器用に両手でもちあげて、疑わしげに睨みつけている。

「たぶんまだあったかいぞー」

俺の言葉に意を決したのか、チビは大きく口を開けてパイにかじりついた。はぐ、という音でもしそうだなあと眺めていると、みるみるうちに目が輝いていく。
飲み込むのが惜しいのだろうか、しばらくもぐもぐと口を動かしていたが、モモンがこぼれ落ちそうになっているのに気づき慌てて二口目を頬張った。耳の横あたりに生えている黒い触覚みたいなものがふよふよと上下する。ほほう。それ動くんだ。

自分用に濃いめのコーヒーを淹れていると、残り1口となったパイを前に、チビがなにやら固まっていた。まるで食べたいけれど食べたら無くなってしまうというような、真剣な顔をしている。

「…………まだあるぞ?」

「!」

目を輝かせるチビに、少し悪戯心が湧いた。

「また明日な」

「!?」

決して明日の約束を取り付けようとした訳では無い。俺はしっとりしているパイも好きなのだ。




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