142X →14XX in France
 

一度、小さな村に生まれたことがある。
そう遠くはない川を挟んで反対側は別の国で、どうやらこの辺りはあちこちと長い戦争をしているようだった。何度か村を焼かれたこともあったし、税もあった。それでも、平和で裕福とはいえずとも、まあ、なんとか笑って暮らしていた。

村の中でも比較的裕福な家の娘がいた。どこにでもいる少女で、俺よりも数個下だった。妹のように可愛がっていたわけでも、友人だった訳でもない。ただ同じコミューンに属しているだけの、普通の女の子だったのだ。
その子が、神の声を聞いたというまでは。

「私はこの国を救わなければなりません。神がそうお命じくださったのですから!」

自信と期待と責任感に満ち溢れたこの上ない笑顔で、彼女がそういうのを見てしまった。止めようと思った。そんなわけが無いのだと、神なんているはずがないのだと。
どうしようもなかった。彼女自身の信仰心は本物で、村の信仰心も本物だった。異質なのは自分だ。
気づいた時には、少女は自らの意思で前線に向かっていた。神を信じて、祖国を信じて。そんなもの、なんの力も持っていないのに。

俺は逃げた。逃げ出した。死ぬことが怖かったんじゃない。ただの少女が、なんの責任も無いはずの少女が、真っ直ぐな目で神を語ることが怖かった。ただの少女に国を託して、命を賭して、背負わせようとする人々が怖かった。
神なんて、いるはずがない。もしもいたとして、人間を救うなんてことはありえない。
少女が語る神がいたとするなら、どうして生贄にされた“私”は救われなかった?
どうしてあの時、濡れ羽色のかみさまは謝った?

その後の俺は、流れ弾かなにかに当たって、死んだのだと思う。





「おっと君、迷子?」
ふらふらと街を歩いていると、誰かにぶつかった。顔を上げると、きらきらとした朝焼けを浴びた海のような瞳。ああ、この人は、この国の。

じっと眺めていると、軽く屈んで視線を合わせてくれる。いい人だ。いや、人ではないか。

「ねえマドモアゼル、君の名前を教えてくれない?」
「………ミシェル」
「そっかそっか。いい名前だね」

そういって親を探そうと立ち上がった彼の、シャツのはしを引っ張った。

「なあ」
「ん?」
「俺の名前は」
「え、俺?」
「彼女を殺した、天使の名前だ」

少し言いすぎたかなと、見開かれた瞳を見て思った。


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