15XX in England
 



鮮やかな赤毛に緑がかった瞳、どうやらここが“次”のようだった。

布が多い服と豪華な食事は、どうやら裕福な家の生まれらしいということを示している。らしい、というのは、これより下の暮らしを、生まれてからは見たことは無いのだ。数人の使用人も、“前”の私よりは良いものを食べているようだし。お父様は、相当高い位をお持ちのようだった。

今までの“私たち”が馬鹿らしくなるくらい、とても穏やかに暮らすことが出来た。何もせずとも出てくる食事、与えられる服。おそらくこれらは、以前の私たちのような人々が拵えたものだろう。つまりあの頃も、雲の上の方々はこうして何もせずに暮らしていたに違いない。そしてそんな事実は、この豪華な屋敷で暮らす人々は知る由もないのだ。


彼と出会ったのは、十を少し過ぎた頃の社交界であった。誕生日の挨拶にいらした紳士の中に、一際目立つ方がいたのだ。妙に目を引く眉が、私より余程鮮やかな緑の瞳の上に鎮座している。
ああ、そうか。彼は、あのかみさまと同じだ。
きっと彼は、私以上に色々なことを見ている。知っている。分かっている。その上で、ここに立っている。にこやかな笑みを浮かべて、自分の長さなど微塵も見せずに。

靴音を響かせて、彼が近づいてくる。当然だ。このパーティーの主役は私。建前上ではあるのだけれど。

「どうかなさいましたか?レディ」
「いいえ、お気になさらず………ええと、」
「大変失礼致しました。私はカークランドと申します。アーサー・カークランド」

ほう、と息を着いた。彼らの、彼らとしての名前を聞くのは初めてかもしれない。

「わたくしは………いえ、私の名前なんて、既にご存知なのでしょう?」

パーティなんてそんなものだ。いたずらっぽく微笑むと、緑の瞳が瞬いた。見れば見るほど人間なのに、森のような緑の底が見えない。

「その名は偽物なのです。私には名前がありませんので」

あなたもでしょう? ……なんて、そんなことは言わないけれど。虚をつかれたかのような彼を見て、ほんの少しだけ後悔した。異質すぎたかもしれない。いや、問題はないだろう。きっと彼らは、こんなおかしな少女のことなんて忘れるに決まっているのだから。
少しの沈黙にわざとらしく首をかしげると、すぐに彼は綺麗な微笑みを浮かべた。

「では、あなたのことはロビンと」
「“小鳥”?」

聞き返すと、彼は喉の奥で笑った。先程のすました笑みよりずっといいと、ぼんやり思う。

「いいえ、ロビンフッド。英雄ですよ。最も、彼の名前は誰も知らないのですが」

最近流行っている叙事詩だった。噂には聞いたことがある。それでも彼のように確かな地位を持つ人間が、ロビンフッドを「英雄」と称すには違和感があった。

「……彼は、反乱の首謀者ではなかったかしら?」

森の瞳は揺れもしない。それどころか、先程の仕返しのように細まった。

「お気に召しませんでしたか?」
「……いいえ。気に入ったわ」

民衆側の反乱者。貴族側に立っている私がその名を名乗るのは、随分な皮肉だろうに。
それでも、私は笑顔で差し出された手を取った。
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