「ねえ」

上忍待機所で、カカシが口を開く。アイツがここにいるのは珍しいなと思っていた矢先にこれだ。ゲンマはわずかに警戒して、視線をやった。

「……なんでしょーか」
「別に大したことじゃないよ。お前のお気に入りのこと」
「は?」
「ユズだよ。気に入ってるでしょ?」
「はあ? あー……まあ、そうだな」
「なあにその微妙な顔は」
「いやあ、思ったより雑談でよかったなってよ。珍しいな」
「そーお?」

カカシは心外だと言わんばかりに片方しか見えない目を細めた。彼が仕事以外で自分から話題を振ることは少ないと、ゲンマは感じている。

「まあ無理もないですよ。カカシさんはお忙しいですから」
「ちょっと、敬語で喋るならもうちょっと姿勢正しなさいよ」
「おっと失敬」

組んでいた足をおざなりに下ろして、「で?」とゲンマは先を促した。

「嬢ちゃんがなんだって?」
「どう思う?」
「どうって…… 随分ざっくりだなあ」

さてどう答えようか。ゲンマが腕を組んだとき、扉が開いた。

「失礼します、カカシさん。火影様からご伝言です」
「お、」
「おーハヤテ。丁度いいとこに」
「ああ、ゲンマさんもご一緒で」

こほ、と咳き込んで、月光ハヤテは軽く頭を下げる。中忍試験後から裏方に回ることが多くなり、こうして顔を合わすことが増えた。片腕はほぼ動かないそうだが、顔色は以前よりマシに見えるほどだ。

「オレに伝言?」
「急ぎではありません。報告書の件で午後に顔を出せとのことです。……丁度いいとは?」
「ちょっと、ユズの話をね」
「……ああ、なるほど。ご一緒しても?」
「構わないが、おまえ仕事は?」
「お二人と違って、ほとんど隠居した身なので」

薄く笑うハヤテに悲壮感はない。隠居といいつつも額当てを返してはいない。特別上忍の役も降りてはいないことをゲンマは知っていた。戦えないわけではないのだろうが、火影が交代したばかりの今、内勤も多くあるからこその配置だろう。

ハヤテが軽く咳き込んで、近くのソファに腰掛ける。

「ところで、あの子についてとは」
「あー、そうだ。どう思うって話だったな。……まあ、真面目で大人びてるなとは思うが」
「ん、オレも概ね同じ意見だよ。ハヤテは?どう思う?」
「……まあ、やや早熟であるとは思いますね。負けず嫌いというか肝がすわっているというか、そういうところはありますが。あとはまあ、」

一度言葉を切って、ハヤテは片腕をぎこちなく上げた。

「これは個人的な話ですが、感謝していますよ」
「……ま、オマエはそうよね」
「一応聞きたかったんだが、お前の実力、じゃねーんだよな?」
「お恥ずかしながら」

平然と返した男に肩をすくめて、ゲンマは付け加えた。

「まあ、あの札以外は、別に普通だと思うぜ」

「だよね」とカカシは頷く。人によって態度を変えているという報告もない。何かを隠しているそぶりもない。どこにでもいるただの孤児だ。

「で、本題。チャクラについては?」
「……オレは感知タイプじゃないからわからんが、そんな無いだろ。スタミナもだけど」
「同意見です。元々の素質からして、少ない方でしょう」

忍びでもなく、初歩の初歩だけを知っている一般人。さして問題はないはずだ。二人が視線だけで促すと、カカシが「うーん」と唸った。

「先日、アカデミーの教師と話す機会があった。ま、大体うちの下忍関係なんだけど。その時にユズの話が出てね」
「ふうん?」
「基礎忍術を学ぶタイミングで、感知タイプの教師からこういう話が上がったらしい。彼女のチャクラ、変じゃないか?と」
「は?変?」

予想外の話に、二人が身構える。今まで感じてこなかった話だ。

「具体的には?」
「感覚的なもので、すぐに立ち消えた話だそうだ。イルカも最近思い出したみたいだしね。で、この前、ちょっと日向のを捕まえてユズを見せたわけ」
「ふうん…… もったいぶるなよ。なんだって?」
「詳しくはわからない。が、そいつ曰く"チャクラの色がわずかに違う"そうだ」
「チャクラの色ォ?」
「……日向は瞳術ですからね」

なるほどな、とゲンマは頷く。自分にはただ感じることしかできない流れが、日向は色を伴って常に見えているらしい。

「具体的には精神エネルギーの方に違和感があるらしいが、詳しくは分からない」
「へえ、日向はチャクラになる前のモンまで見えんのか」
「どうなんだろうね。宗家ではないけど、優秀なのに頼んだから。あくまで一意見ってとこだよ」
「教科書通りなら、経験の方に違和感がある、となりますが」
「そんな変な修行もしてねえだろ」

修行や経験によって培われるという精神エネルギーと、生命力に準じる身体エネルギー。それら二つを練り上げて初めて、術を扱うためのチャクラとして機能する。
日向の白眼をもって"違和感"とされる精神エネルギーは、体質上少ないと感じていた彼女のチャクラや、あの札の能力の一片である可能性がある。

「これは興味ですが、血継限界を持つ人間はチャクラの色が異なるんですか?」

ハヤテの問いに、「それね、」とカカシが眉根を寄せる。

「オレも気になったが、色が違うってのは少ないらしい。それこそ尾獣でもない限り、ね。ましてや精神エネルギーのほうに原因がありそうとなると、そいつは見たことがないそうだ」
「それがあの能力の原因って訳か?」
「確証はないよ」

飄々と目を閉じるカカシを諦めて、ゲンマはハヤテと視線を合わせた。向こうもわずかに顔を顰めているように見える。

「……うちより優れた感知タイプとなると、霧や岩あたりだと可能性はありそうですかね」
「まあいるだろうが…… 日向以上にチャクラ性質に特化、となるとどうだろうな」
「どちらかといえば、食いつきそうなのは研究者タイプ……」
「大蛇丸やカブト、とかな?」

音忍の名前に、ハヤテの瞳が一瞬鋭さを増した。すぐに視線を逸らしてわざとらしく咳き込む。

「けほ、私はもう隠居の身ですので……」
「へいへい…… なあカカシ。別に今すぐどうこうってわけじゃねえんだろ?」
「そーね。ま、なんとなく伝えておきたかっただけだよ」
「ほんと、ふつーの子供なんだがなあ」

ゲンマが天井を仰ぎ見た。普通であることは疑いがないのに、僅かな異質さが腑に落ちるだけのなにかが、あの子供にはある。面白がるような声色で、ハヤテが揶揄う。

「……普通の子供にしては気に入ってるでしょう?」
「それはお前もだろ、ハヤテ」
「まあ、それは恩人ですからね」
「仲良しだねぇ」

だらけた態度のカカシが、とりあえず、と立ち上がった。

「ゲンマの言う通り、今すぐどうこうって訳じゃないし、理由もわからない。彼女の監視や制限を増やすつもりもなさそうだ。ああ、あと、この話に情報制限とかもないから」
「了解」
「了解です」

片手をあげて、カカシは部屋を立ち去った。続くように「では、私も」とハヤテも席を立つ。ソファに座ったまま見送って、ぐるりと首を回した。
一人になった部屋で、ゲンマはまた天井を仰ぎ見る。
下手を打つと他国に狙われそうな反面、木の葉での研究価値もあるように思えた。三代目の教え子である"綱手姫"が火影になったことに異論がある人間がいることを、仕事上火影と距離が近いゲンマは知っている。今はおとなしいが、三代目や五代目を歓迎しない連中の勢いが増せば、三代目が推して下忍もどきとして任務をこなした一般人が目につく可能性は拭えない。

「それほど価値がない、と思われれば万々歳ってとこか……」

微妙なところだな、と嘆息して、ゲンマも待機所を後にするとこにした。






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