・札屋→ゲンマの好感度とゲンマ→札屋の好感度がカンストした場合の二次創作
・甘くならない


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ゲンマさんが、怪我をしたらしい。
任務先の出来事だったらしい。命に別状はないらしい。
らしいらしいというのは、今さっき聞いた話だからだ。これらは全部、一週間は前の出来事で、一昨日からゲンマさんは無事に家に戻っているらしい。

なにもかも、らしい、に過ぎない。顔をしかめた私を見てか、彼らは見舞いにでもいくか?と、ゲンマさんの住所を教えてくれた。

「ここ、らしい」

ゲンマさんの家は、普通のアパートの一室だった、
お見舞いのプリンが入ったビニールを下げたまま、ドアを叩くのを躊躇う。迷惑……ではないと思うけれど、気を遣わせるかもしれない。ゲンマさんはやさしいので、無理はさせてしまうだろう。私は一応子供なので。

少し迷った挙句に一つ息をついて、持っていたビニール袋をドアノブに下げる。今日は帰ろうと踵を返したとき、後ろでドアが開く音がした。

「お、おいまてまて」

ドアを半分開けたゲンマさんが、こちらを見ていた。なんでバレたんだという疑問が頭をよぎって、忍者だからかと顔をしかめる。
ふは、と笑みを浮かべたゲンマさんは、ドアを少し開けて促した。おろされた前髪とわずかに見えた部屋着に微妙な違和感があるけれど、いつもの顔に、少し安心する。

「機嫌悪いな?とりあえず入れよ」
「……や、今日は帰るんで、お大事に」
「お、これプリン二つあるじゃねーか。ありがとな。一緒に食おうぜ」

けが人を玄関にいさせるわけにもいかない。少し迷ってからドアに向かうと、ゲンマさんの笑みは一層深まった。



そこはごく普通の、少し殺風景な部屋だった。生活感はあるものの、どこか物が少ない印象を受ける。

きょろきょろとしていると、ゲンマさんが緩慢な動作でソファに腰かけた。近くのテーブルには飲みかけらしいコーヒーのマグカップと、しおりを挟んだ文庫本が置かれている。

「あ、あの」
「ん?」
「怪我、平気なんです?」
「もうほとんど治ってるんだよ。班に医療忍術かじってるやつがいてな、軽傷で済んだの。明後日には復帰もするしな」

いつものように飄々と放たれた言葉に、なぜか胸をえぐられるような心地になった。彼の言う軽傷が私の認識とズレているだろうし、それは当然のことなのだろう。納得はしているし、理解もしている。忍者はそういうものだ。この世界は、そういうものだ。とっくに理解している。

隣に腰かけて、手に持っていたプリンを一つ渡した。

「んで、嬢ちゃんは何に苛立ってるわけ?」
「苛立って、は、ないんですけど」
「眉間にしわ寄ってますけど」

付属のスプーンを咥えて、視線をプリンのカップに落としたまま、ゲンマさんは「どうした?」と軽い調子でいった。この人は、本当にやさしいと思う。

「や、あの、」
「ん?」
「心配くらいしたいな、と、思った、だけです」

自然と口をついて出た言葉が、ストンと胸に落ちる感覚があった。うん、そうだ。心配くらいしたい。たくさんお世話になった。心配をしてもらった。それを返せないのは、とても悔しい。
私にできることがあるならなんでもする。でも、何もできないとしても、何も知らないのは嫌だ。

「まあ、別に、全部知りたいとかじゃなくて」
「ん、ああ」
「知ってもいいことだったら、知りたいな、と」
「……なるほどなあ」

あーーーと小声で呻くゲンマさんに、我に返った。かなりめんどくさいことを言った気がする。怪我人の家に押しかけておいて、何をしてるんだ私は。

「や、すみません、忘れて、」
「おまえ、養子とかになる?俺の」
「……は?」
「親族なら、話せることも多くなるし、後ろ盾にもなってやれる」
「え、や、それは」

それは、嫌だ。
いや、私にとってデメリットはない。形式上の家族でも、ゲンマさんに何かあれば教えてもらえる。最近は機能しているかわからないけど、私の監視だって弱くなるかもしれない。
でも、それは。
隣に座るゲンマさんを見上げると、彼は困ったような顔で笑っていた。

「ふ、なんだその顔」
「……どんな顔ですか」
「困ってます、って顔」
「まあ、はい」
「正直だな」
「あの、ゲンマさんが嫌なわけじゃあなくて」
「分かってるよ。嬢ちゃんは俺のこと好きだもんなあ」
「そりゃ……お見舞いに来るくらいには?」

だよな、とゲンマさんは笑って、プリンを頬張った。この話は終わり、という空気があったけれど、あえて口を開く。なんとなく、冗談みたいに終わらせたくなかった。多分、ゲンマさんは本気で言ってくれただろうから。

「無理だって、わかってはいるんですけど」
「ん?」
「なに言ってんだって感じでは、あるんですけど、」
「お?なんだ?」
「えっと、その」

握りこんだ自分のプリンがすっかりぬるくなっている。ちょっと緊張してるなと、他人事のように思った。

「ゲンマさんとは、保護者というより、対等でありたいというか。対等を、目指したいというか…… もちろん、私は子供だし、おこがましいとは思ってるんですけど、でも、」

自分の手を見つめたまま、言いたいことを整理もせずにぽつぽつとこぼす。

「私は、ゲンマさんにも頼られる人になりたいし、守られるだけは嫌というか。もし、養子とかになって、それが公的なものになったら、尚更。えっと……義務?にしてほしくないというか、」
「まて、オーケー、わかった。悪かった」

遮られて顔を上げると、なにやら難しい顔をしたゲンマさんが、眉間に寄った皺をほぐすように頭を抱えていた。

「あー……、おまえ、ほんと、あのなあ」
「……はい」
「なんつーか、あー、ったく、なんて言やいいんだ」
「えっと、めんどくさくて、すみません」
「んなこた知ってんだよ。待て、」

待てと言われたので、黙って彼の手に握られたままのプラスチックのスプーンを目で追った。彼がうーだのあーだの言うたびに、ゆらゆらと揺れている。いやちょっとまて今この人、私のことめんどくさいって言ったな?
時間にして数秒ほどたったのち、ゲンマさんがこちらを向いた。プリンをスプーンを置いたので、私も習って両手を空ける。

「嬢ちゃんの言い分はわかった。悪かった」
「こちらこそ……?」
「あー、一応聞くが。頭に触れるのは?」
「え……? ど、どうぞ」

答えた途端、頭をわしゃわしゃとかき混ぜられる。子供というより、犬猫の扱いに近い気がする。ろくにセットとかしてないので困りはしないけど、でも

「なん、なんです、急に」
「いや?理由はねえよ」

言いながら、下りてきた両手が軽く頬をつまむ。なんなんだ一体。

「な、嬢ちゃん、札屋」
「はい」
「ユズ」
「……はい」
「俺は大人だ。経験もあるし、言っちゃあなんだが里にだって重宝されてる」
「……知ってますけど」
「ん。でもな、俺は今日、おまえが来てくれて嬉しかったよ。多分、おまえが思ってるより」

むにむにと、頬に触れた指がかすかに動く。自分にはない硬くてかさついた感覚が、なんとなく不思議だ。

「ユズが思っている形じゃないかもしれんが、俺は結構ちゃんと必要としてるんだ。ま、俺だって頼りにされたいんだよ。大人とか忍者とか、そういうのを抜きにしても、だ」

真っ直ぐこちらを向く瞳から、逃げるように目を伏せた。頬に触れられたままじゃなかったら、全力で背を向けていたと思う。だってこの人、なんかすごい恥ずかしいこと言ってないか? 頼るだとか、頼られるとか、必要、とか。

「わかり、ました」

我ながら小さな声でそう言うと、両手はパッと引っ込められて、そのまま忘れかけてたプリンへと伸びた。
さっきまで頬に触れていたかさついた指を目で追いかけて、慌てて手元に視線を落とす。

「今回の話は悪かったな。単純に考えすぎた」

「………いえ、まあ、メリットを考えたらそっちのほうが」

「ふ、さあどうだろうな」

とぼけたように口の端を上げてから、ゲンマさんは残っていたプリンをかきこんだ。
さっきまでの雰囲気は微塵もない。なんとなく一息ついて、私もぺりりと蓋をめくる。ぬるくなったと思っていたプリンは未だ冷たくて、詰まっていたらしい喉をするりと落ちていった。


「なあユズ」

「ふぁい」

「夕飯、食べないか?」

「ん、いいですよ」

「お前が作るか、俺が作るか、どっちがいい?」

「……ん?」






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