※時間軸関係ない日常/一部
今日は里が全体的に静かだった。無理もない。自分の親、友人、知り合い。多くの人が亡くなった命日だ。先代の火影が里のために命を落とした事も相まって、どこか寂然とした雰囲気が漂っている。
九尾について中途半端な箝口令が敷かれているせいもあるのか、私たちの世代でも"触れてはいけない日"のような空気があるのだ。親を亡くした子も沢山いることだし。イルカ先生や、私のように。
そう、記憶なんてないけど、忍者だったらしい私の両親が亡くなった日でもある。
去年と同じように家を出て、いのの家──つまり花屋に向かう。いつもより多く並ぶ菊を一本手に取ると、ちょうど裏からバケツを持ったいのが出てきた。
「あらユズ、めずらしいわね」
「おはよ、いの」
「おはよって時間じゃないわよ。こっちは一仕事終えたあとなの」
「あー…ごめんって。手伝い?」
「そ、昔っからこの日は忙しいのよ」
詳しくは知らないけど、と口を少しとがらせて、いのはバケツを取り換えていく。客はほとんどいなくて、本当に一仕事終えた後らしい。ふと、聞いてみたくなった
「いのはさ、なんか聞いてる?お父さんとかから」
私は知ってるだけで、分かってはないし、実際話を聞いたこともほとんどない。もし、忍者の子供だったら、どういう風に聞いて、どう思うのだろう。
少し間をあけて、いのはふりむいた。
「聞いてないわよ。なにも。でも、同世代の子よりは分かってるつもり」
薄氷のような色の瞳がこちらを射ぬく。そっか、といって、視線をそらした。
「菊、くれる?」
「ん、割引きしとくわね」
「ありがと。助かる」
両親が眠っていると聞いた墓の前に花を供え、そっと手を合わせる。悲しいとか寂しいとかは正直感じないけれど、もし生きていたら、と考えたことはある。忍びだったらしいので、修行をつけてもらってたかもしれないし、もしかしたら私もちゃんと忍者に成れていたかもしれない。それとも、普通の一般人として悠々と親のスネをかじっていたかも。そもそも、こうして"私"がいるかも怪しいし。
少なくとも、今のように生きてはいない気がした。
「……どんな人だったのかも知らないけど」
顔も知らないお父さん、お母さん。あなたたちが産んだ子は、落ちこぼれましたがなんとかやっています。
中身がどこまで"ユズ"でどこから"私"かは分からないけれど、こうして健康に動く身体は、間違いなくあなたたちのお陰だから。
「頑張ります、ので、出来ればあんまり恨まないで欲しいなあ、と」
私とか、ナルトとか、諸々の黒幕とか。色々大変ではあるけれど。
私にできることはほとんどないだろうけど。
一応、なんとか楽しく生きて見せるから。
ゆっくり立ち上がって、背筋を伸ばした。命日くらいにしか来なくてごめんなさいと一言謝ってから帰ろうと背を向けると、見慣れた銀髪の後ろ姿が。カカシさんだ。
視線に気づいたのかカカシさんが振り返って、視線が絡む。
まあ、逃げる理由もないし、帰り道だし。そのまま立ち止まっているカカシ先生に走り寄った。
「や、ユズ。墓参りか?」
見上げて、軽くうなずく。
「はい、両親の。まあ、覚えてないんですけど」
苦笑して「カカシさんもお墓参りですか?」と尋ねると「まあね」と返された。誰のかは聞かないけれど、まあ、なんとなくは分かる気がする。
「…ユズは、何があったか知ってるか?」
「いえ、あんまり知りません」
全部、黒幕や陰謀まで、それこそ全部知っているが、口にする訳にはいかない。ふ、と小さく息をつく。
「…大きな事件で、沢山の人が亡くなったということしか知りません」
「そう」
また沈黙が下りる。立ち止まって先を行くカカシさんの背中を見た。大きく見えるあの背中に、考えられないくらい色々なものを背負っている。重い空気に堪えきれなくなって、背中に声をかけた。
「カカシ先生。知ってますか?」
「んー?」
「今日はナルトの誕生日だそうです」
振り返ったカカシさんは、目を見開いて「ああ、知ってるよ」と少しだけ眉を下げた。恩師の命日で、恩師の息子の誕生日。この人は、一体どんな気持ちなんだろう。
「お祝い、あげたら喜ぶんじゃないですか?」
「そーね…」
「ま、一楽でも奢ってやるかな」と軽く言ったカカシ先生に、私も駆け寄って笑った。ナルトにとって、少しでも楽しい一日になるといい。せっかくの誕生日なんだし。
ああ、でも、
「イルカ先生が先を越してるんじゃ…」
「あぁー……」
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