ふんわり魔法の笑顔


船長室の扉の前に佇む小さな少女を見つけたのは、ベポが丁度昼ご飯をキッチンでたらふく食べたあとだった。


「どうしたの?」

「あっ、ベポ!」


少女はその大きな瞳に白熊の姿を捉えると、彼の傍までととと、と駆け寄って。
いつもの向日葵のような笑顔ではなく、不安げに少し曇らせた表情で、彼女は自分よりもかなり背の高い白熊を見上げながら問いかける。


「ねぇ、ベポ。キャプテンのおへや、ずっとあかないの」

「あ、それはね…」


朝、少女がいつものようにローを起こしに来た時も、それから、今も。


「あさも、いまも、あかないんだよ」


こんな時間になっても、鍵の掛かったままの船長室。
今日は1度も、大好きな彼の顔を見ていない。

幼い少女は、さらに眉をハの字にして、ベポのオレンジ色の潜水服を掴んだ。


「キャプテン、どうしちゃったのかな…」


低血圧な船長のこと、目覚まし代わりの彼女が来ても、起きないことはしょっちゅうある。
けれどもう太陽は真上。
こんな時間になっても、一向に鍵が掛かったままだなんて。

その小さなクルーの顔を見て、ベポはついつい、口を開いてしまった。
どうしても、悲しそうなその顔に、説明をしてあげたかったから。


「あ、あのね、実はキャプテン…」

「うん」

「今、寝込んでるんだ」

「ねこんでる?」

「昨日の夜から、体調崩したのか風邪引いたみたいで…」


でも、口を開いてやっぱり、ベポは後悔した。
なぜなら彼女の顔は、先程よりも格段に、悲しみの色を濃くしていたからだ。

ハートの海賊団の小さなクルーである少女は、もちろん、この船の仲間が大好きだなのだけれど。
幼い彼女がその小さな身体で精一杯想うのは、ただ1人。
大好きで堪らないのは、世間では死の外科医、とも謳われる物騒な通り名の、この船の船長なのだ。


「キャプテン、かぜひいちゃったの?」

「あ、うん、でも寝てれば治るってきっき…」

「かぜのときって、つらいよね」

「そうだね、でもほら、キャプテンは大人だから、」

「ううん、おとなでもつらいもん!」


と、悲しみの色を纏った少女の顔は、何かを思いついたかのように、ぱっと煌いた。
その大きな瞳は、どうしたのかと(何か閃いちゃったのかと)少女を見つめる白熊のそれと合わさって。


「ベポ!おかゆ!」

「え?」

「おかゆつくってもってきたら、キャプテンにあえる?」

「え、あ、いや、違うんだ、鍵が掛かってるのは風邪をうつしたらマズイからで…」

「おかゆ、もってくる!」


自分が思いついたひらめきをベポに提案するだけして、そしてベポの答えも良く聞かぬまま、小さな少女はぱたぱたとキッチンへと駆けて行ってしまった。
閃いたその考えに居ても立ってもいられなかったのか、足早に去っていくその後姿を、見送ることしかできない彼は。


「いや、だから風邪をうつしたらマズイから、部屋入ってこれないように鍵閉めてたんだけど…なぁ」


彼女のことを想って「あいつを部屋に入れるな」、と命じたこの船の船長の顔が思い浮かんで、ベポは小さく苦笑したのだった。



-----------



「キャプテン、おきてる?」


鍵を自ら開けて入ることなど今まで経験のない少女は、若干緊張しながら、その扉越しに声をかける。
彼女の両手が支えているトレイには、コックがロー用にと作っていたおかゆが乗っていた。


「部屋に入れるな、って言われたんだけど…」


そう呟いたのは、その少女の隣、コック帽を被ったクルー。
このおかゆを船長室に運ぼうとしていたまさにそのとき、キッチンに駆け込んできたこの小さなクルーに見つかって、…まぁ何だかんだで結局、こうして彼女の願いを聞き入れてしまってここにいる。
この船のクルーは皆、少女に甘い。


「船長、食事持ってきました。ドア、開けますね」

「おじゃましまーす」


そうしてコックがペンギンから預かった合鍵を捻れば、簡単にドアのロックは解除されて。
両手がふさがった少女の代わりに、その扉を押し開けた。

部屋に入れば彼女は一目散に、船長室に置かれたベッドに近づく。(傍にいたコックがおかゆをこぼさないか心配したほどだ。)

「…!」

そしてそんな少女を、驚いたような、険しいような目つきで見つめるのは、ベッドに横になったままの船長、ロー。(起きていたのか今起きたのか定かではないが、いつもよりも鋭い目つきからして意識はハッキリしているようだ。)
彼の表情は、体調が優れないために険しく鋭いのかもしれないが、いや、それだけでは勿論ない。


「お前、なんで、」


少女の姿を見やり問いかけたローの言葉の後半は、彼自身の咳とともに掻き消された。


「キャプテン!かぜなんでしょ!?おかゆもってきたよ」

「いや、だからお前がなんで、この部屋にいるんだよ」


ローは、彼女を連れてきたコックへと、その険しい眼差しを向けていた。
勿論咎めるようなそれに気が付いた少女は、コックを庇うように、慌てて「ちがうのちがうの」と、声を荒げる。


「キャプテン、あのね」

「なん、だよ」

「かぜのときって、さみしくなるでしょ?」

「…は?」

「なるよね、だからね、」


おかゆの乗ったトレイを持ったままの少女は、それを置くことすら忘れ、ベッドに横になるローの傍へ傍へと近づいて。
相変わらず睨むような、怖い目つきのままの彼を見つめながら。


「きょうはずっといっしょにいるからね」


その可愛らしい顔を、甘く甘く、緩ませたのだった。

それは時が、止まったかのように。

彼女の笑顔は、ひどく柔らかく、ひどく優しかった。





ふんわり魔法の笑顔
「(キャプテンだって、ひとりじゃさみしい、よね?だからずっと、いっしょにいるよ!)」







目の前にいる大好きな彼が、弱っているなら。
誰(もちろん彼自身も)がなんと言おうと、一緒に居るよ。
だって、貴方は。
世界に1人だけの、かけがえのない人だから。


「かぎ、かけられて…あえなくて、さみしかったよ」


彼女から零れた本音を聞いて、それから、甘く優しい笑顔を目にして。
厳しいままだったローの表情が穏やかに緩んだのを。
この甘くなった雰囲気に落ち着かないコックだけが、しっかりと目にしていた。





「だからきょうはずっといっしょ!」

「バカか。風邪がうつるだろ」

「いいもん、キャプテンのかぜなら」

「そういう問題じゃねェ」

「そんなにヤワじゃないよ、それにね」

「?」

「キャプテン、はい、あーん!」

「…は?そんなの自分で食える」

「だめだめー!やりたいもん!」
「(…面倒くせェ)」


小さなクルーに世話を焼かれる船長を見ながら、コックは思っていた。


「船長、意外と悪い気はしてなさそーだけど…っていうか、おれ、もしかして邪魔!?」






-----------

みんな、1人じゃないって、思います。
ご両親、兄弟姉妹、おじいちゃんおばあちゃん、従兄弟も親戚も、それから友達、彼氏、だんなさん…。
みんなみんな、誰かを想いあっていますよね!

そして今、顔も知らないかもしれないけれど、日本中、世界中から、今頑張っている人にエールが送られています!
失望するには、まだ早いです!
全てを投げ出すのも、もう少し待ってみてください。
1人じゃないから、近くから遠くから、たくさんの人たちが、復興を祈っています。

もし心細くなっちゃったときには、この素敵な企画サイト様で元気や勇気やニヤニヤをもらいましょう。

ずっとずっと、応援しています!


(20110329)



[ 5/48 ]

*prev next#

戻る

TOP


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -