笑えること泣けること


「あはははっ!!」
「おい! ボールこっちによこせよ!!」
「いや! おれだ!」
「もうっ、ころばないでよねぇー!」
子供たちがボールで無邪気に遊んでいる。おとこのことおんなのこ。
その様子を書類に囲まれながら海軍本部の窓からほほえましく見守る。
マリンフォードでもこんな暖かい光景が見れるとは、と海軍本部大尉であるなまえが笑いながら目で追っていた。
あの子たちはここの誰かの子供さんなのだろうか、などと考えていた矢先に後ろから声が聞こえた。
「あららら、子供好きだっけか?」
「あ、青雉さん。」
その声の方向に顔を向けると、ゆっくりとけだるそうに、青雉_クザンは手を挙げた。
「なんだ、その、あれで来た。だからァ、」
「午後の会議ですか?」
「ああ、それだそれ。今日はなくなった。」
クザンが言い終わる前になまえが、言った。本人も本当に言葉が出なかったようで少し安心しているかのような表情を浮かべている。
そして、またなまえは窓に目を向けた。自分たちは仕事なのになんと自由なことか。笑顔で地面を跳び回る子供たちの声が聞こえる度に、気が抜けてしまう。
「元気ですよね。」
「ああ。」
短く、クザンは返した。
それになまえはクスクスと笑いで返す。クザンの眉間が微かに寄った。
「なに。」
「いや、寝ぐせが。」
「あァ……。」
もしゃもしゃとクザンは自分の髪の毛を掻きむしる。何故最初に言わなかったのか気になったが面倒なのでやめた。
適当に近くのソファーに上着を掛け 腰を下ろすと、また窓に目線を向けているなまえをじっと観察するかのように凝視した。
きらきらと太陽の陽を浴びながら、まるで母親のように慈愛に満ちた瞳で子供たちを眺めている。そして、どこか儚げで辛そうに。
そんななまえを見ていると何故かクザンは落ちつくような、安心するような気持ちなった。
「あの子たち、ここの海兵の誰かの子供さんなんですかね。」
「さァな。」
「青雉さんのお子さんとか…。」
「NO、冗談言うな。大体、子供なんかいねェよ。」
「あはは、すみません。」
クザンに問いかけているものの、やはり目線は遊んでいる子供たちであった。
「やっぱ、子供好きなのか?」
「青雉さんは嫌いなんですか?」
質問に質問で返されるとは思っていなかったクザンは、多少思考が停止した。しかし、ゆっくりとなまえの言葉のひとつひとつを順を追って理解する。
子供が嫌い、か。皮肉にも外で遊んでいる黒髪の少女がクザンの過去を呼び起こした。
脳裏に外の少女と同じく黒髪の小さな少女の泣き顔が浮かんできた。それと同時に真っ赤に燃える島と船と空と海が頭を過る。まるで地獄。これまで海兵と生きて来て犯したたった一つの罪。
ふう、と静かに溜息を吐くと、ここまで考える自分にクザンは自嘲した。この暖かい光景でなにを考えているのか、これだから歳は取りなくないもんだ。とクザンはこめかみを押さえながら、なまえの質問には「そうでもないよ」と言葉を搾り出した。
「よかった。わたしは好きなんですよ。」
「だろうなァ。」
クザンの思いを知る余地もないなまえは、今度は目線をクザンに向けゆっくりと頬笑みながら言った。
やわらかいその笑顔に、今さっき考えていた忌わしいことが浄化されたような感覚を覚える。
しかし、次の瞬間なまえから笑顔が消え、俯きながらぽつり、と呟いた。
「会議の内容ってあの"火拳"の件ですか?」
「…多分な。」
一気に部屋の空気が変わる。空は晴れているのに、この部屋からは暖かさが消えた。
「たしか"火拳"ってガープさんの…。」
「あァ。」
すべて言わずとも言いたいことは判っている。あえてクザンは短く返した。
「どうして…。」
「おれ達が海兵で正義を護る義務があるからだ、それ以外なにも考えるな。」
クザンは大将らしく、言葉を吐き捨てた。
「そのために戦争が起きる。そしたら、平和が、消えてしまう…。」
なまえは悔しそうに唇を噛んだ。その部分が鬱血し、軽く血が滲む。それでも、なまえは言葉を続ける。
「マリンフォードも消えてしまう。ここに住んでいる海兵たちも…子供たちも…。」
いつの間になまえの目には涙が溜まっていた。
しかし耐えきれず、ぽろぽろと雨のように零れ落ちる涙が太陽に反射して、蒼く輝いたのをクザンは黙って見ていた。
今日の会議がなくなって良かったのかもしれない、大将らしくないことを考えつつ、のっそりとクザンが立ち上がり、なまえに近づく。
「そうならないために、おれ達がいるんだ。」
やさしくなまえの頭を撫でた。クザンの手のぬくもりが頭から伝わり、体の芯を溶かしていく。
「あいつらが、大きくなっても平和に暮らせるように、おれ達はもっと強くならなきゃならねェ。」
「はい。」
なまえは、クザンの言葉を静かに飲み込む。
うなずくなまえを見て、クザンの心の中で、センゴクに事を言い渡された時の悲しそうな否、悔しそうなガープの表情が浮かんだ。
「ガープさんだってそれを判ってる。だけど今のお前みたいに泣いてない。否、泣けねェんだろうな。護るものがあるからな。未来を託す、あいつらのためにもその涙は見せるな。大人が泣いてちゃ、子供だって泣くに決まってるじゃないの。」
「はい…ッ!」
なまえの涙の色が変わった。ぼろぼろと流れている涙に温かみのある橙が色づけられた。まるでなまえが何かを決意したかのように。
ゴシゴシと正義の名の入るコートで涙と洟を拭く大尉がどこにいるもんか、とクザンは溜息混じりに笑った。
そんなクザンにつられて、なまえもクスクスと声を立てて笑う。
「あららら。やっぱ、なまえは笑顔が一番だ。」
「ありがとうございます。」
まだ晴れた気持ちをしていないのはクザンもなまえも判っている。しかし、今はお互いに笑っていたかった。
「判ったら、しっかりしてみせろ。別に泣いたことを責めてるわけじゃねェからな。」
「はい!」
なまえは勢いよく、椅子から立ち上がると踵と踵を合わせ、キリッと立ち直し敬礼をした。
きれいに笑っているなまえに「よし」と言うと、クザンはソファーに掛けた上着取り、部屋を出て行こうと静かに背を向けた。
すると、扉のところで、ぴたりとクザンが止まった。なまえは怪訝そうに、クザンの次の行動と言葉を待つ。
そして、数秒後に溜息が聞こえたかと思ったら、クザンの声が部屋に凛と響いた。
「泣いてる暇ったら強く生きなさいや。」
それだけ、ぽつりと言うとクザンは後ろで手を振り、部屋から出て行った。
もちろんその言葉の意味はなまえには判っている。
判っているからそこなまえは、もう本人が出て行った扉に向かって、きれいに頬笑みながら敬礼をし 呟いた。
「ありがとうございました。」




▼ 泣くより笑いましょう。そしていつか心から笑ってみましょう。

ありがとうございました。

(20110414)



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