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ライムキャンディー


「影ふーんだ」


シカマルが鬼だよ。私が笑うとシカマルはその場で印を組んで足元の黒を墨のように引き伸ばしてきた。ひらとかわして一定の距離を取ると、すごすごと戻っていく。

「それは反則」
「追っかけるのめんどくせー」

年相応の無邪気さの片鱗などどこにもうかがえない。若年にして省エネ大賞を受賞できそうだ。
鈍感なひとだから本人は言葉の裏なんて意識もしちゃいないだろうけど、『追いかけるのが面倒』だなんて、好きな人に言われちゃ別の意味でどきりとするものがある。

任務の報告終わり、大きくゆったりと闊歩するその股ぐらに伸びる影。これはいとも簡単に私でも誰でもとらえることのできるものだ。

じゃあ、心は?

猪鹿蝶のように一族ほどの強いつながりがあるわけじゃない。だけどアカデミーからずっと一緒で中忍にもなって、任務にも出かける。
今日はその帰り。


「任務でもらった飴、たべる?」


腰ポケットに入れておいた小瓶に光る丸い粒。硬めの蓋を捻り、こぼれてしまわぬようわずかに傾けながら1つ取り出した。指でつまんで持ち上げると、まだ高い位置にある陽の光に当たって表面の艶がきらっと光る。鮮やかな緑を口に含めば、レモンに似た酸味とほのかな苦味が口の中に広がってゆく。


「ライム味ってあんま食べねーしな」
くれ。と手を差し出したシカマルに、大仰に瓶を遠ざけるそぶり。
「欲しかったら影踏んで捕まえてごらーん!」
「あー?」

特になんの障害もなくこの小さな交渉が執り行われると思っていたシカマルは珍しく相好を崩した。かまってほしいが故にこんな陳腐なかけひきを持ちかける私の下に広がった影と手の小瓶を交互に見つめている。面倒と言いながらもそのかけひきを静かに値踏みしていた。


「俺とお前でもらった飴だろ」
「なに?自信ないの?」
「自信じゃなくて、体力がねーんだよ」
「またまた」

下の上で緑を転がしながら、汗ばむ頬に張り付く髪を指の先に引っ掛けて追い払う。湿気をたっぷり含んだ風の煩わしさに、この爽やかな味は丁度いい。おいしいな、と挑発してみせると、彼は肩をすくめて差し出した手をポケットにしまいこんだ。どうやら値踏みは残念な結果に終わったようだ。


意識がこちらからそれたので小瓶を仕舞おうとうつむくと、その瞬間体の自由が利かなくなった。

「やられた」と声に出すより前にもう片方の手が勝手に空を切る。瞳だけ動かして下を見てみると、横に並ぶのは体を縛るために伸びた影と私の腕を掴むシカマルの手。


「捕まえた」


影を踏むのにまさか肌に触れるなんて思ってもみなかった私は思わず顔に血を昇らせた。暴れ出す心臓に、口の中に急に感じる酸味。
シカマルはにぃと笑う。

「…か、影鬼は影だけ捕まえればいいんだよ」
「知ってら」

それってつまりどういうこと。
小瓶を奪われて空気だけを掌に掴む私。
聞く前に案外あっさりと影と腕を解かれて身体が自由になる。だけど意味を多く含んだ彼の言動に身動きを封じられて、先刻と変わらず固まったままだった。


「油断、してんなよ」

全部食っちまうぞ。


そう言って瓶から取り出した緑を口に運ぶ姿はひどく妖艶に見える。
飴、食べてるだけなのに。

さっきまで握られていた手首が妙に熱を帯びている気がした。

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