目が覚めたら真っ暗だった。ここはどこだろう、と思う。光なんてなくて、朝か夜かもわからない。
本当は目覚めていなくて、まだ夢の中なのかもしれない。だって確かに目を開けている感覚があるもの。
だけど、頭にわずかな痛みを感じる。頬を抓るのとは違うけど、これは夢じゃないみたい?
起き上がろうとしたけれど、体が鉛のように重くて動かせない。
しばらくすると女の人が声をあげる。
「目を覚ましたわ…!」
その声を引き金に、急に周りが騒々しくなる。何人もの人の気配を感じる。
さっきから、女の人と男の人がしきりに同じ名前を呼び続けている。
どうしてそんなに興奮しているのか私にはわからない。
私には…―。
あれ、そういえば、ふと気づく。わからないことばかりだ。
私は目覚めた。朝が来ていつも通りの一日が始まる。そう思っていたけれどじゃあ“いつも通り”とは何だろう。
そうだ、私は私の名前を知らない。名前だけじゃない。何一つ知らない。
無意識だけど私と言ってるところを考えると女?だけど確かかめようにも体が動かない。
そうこう考えているうちに、急にごつごつしたい指が私の瞼に触れてくる。
「やはり、目は…」
畏まったような男の人の声。目?目が何なの?ちゃんと最後まで言ってよ。
そう思っているのはどうやら私だけらしい。近くにいる人はわっと泣き出したりしきりに鼻をすすったりしている。


何日かしてわかったことがある。ここは病院で、私は入院している。
私の名前はタカノミナミというらしい。両親がいて、やんちゃそうな弟がいる。
私は、なんの記憶もないこと以上に愕然としたことがある。
どうやら、私の目は見えていない。最初に気づくべきだったけれど、認識するのに随分と時間がかかった。
考える頭はあるけれど、私はからっぽだった。こうやってあれこれ思慮できることが逆に嫌になる。
私は記憶がないことを知った両親はガラス細工でも扱うように私に接するようになった。
「何かして欲しいことはある?」「欲しいものはないか?」「なんでも言って」
そのよそよそしさに私は虚しい気持ちになった。
たぶん、どう接したらいいのかがわからないのだと思う。何もない私。当然だ。
掛けられる言葉に私は「うん」とか「わかった」とか当たり障りのない言葉を返した。


毎日のように両親は病室に来た。だけど今日は周りに何の気配も感じない。
きっと、からっぽの私に興味がなくなったのだ。
心のどこかで思っていた。この人達はいつか自分を見捨てるのではないかと。
たとえ血の繋がりがあろうと今の私にとってあの人達は他人でしかない。
それなのに涙が出た。何も映さない目からは意味がわからないほどにボロボロと涙が溢れ出た。
自分が何故泣いているのかはわからない。胸の内で不安だとか失望だとか孤独だとか言いようのない気持ちが渦巻いた。

涙も枯れ果てた頃、拍子抜けするほど明るい声で母親が病室にやってきた。
「遅くなってごめんねー、ちょっと時間かかっちゃって」
父親と弟もいる。私はびっくりして相当変な顔をしていたと思う。鏡を見たって見えないからわからないけれど。
「誕生日おめでとう」
「え?」
いきなり発せられた言葉に思わず聞き返す。声は上擦った。
「今日はミナミ、お前の誕生日だ」
誕生日?私の?…なんだそれ。
「なんで泣くの」
「姉ちゃんが泣いてるー」
両親は慌てている。弟だけは茶化している。あぁ、たぶんこの弟とは喧嘩してただろうな。生意気だ。
「…見捨てられたと思ったの」
「見捨て…?」
「誰も来ないから、私に愛想尽かしたんだと思った。私は前のミナミじゃないから」
そう言ったらペチッと頬を叩かれた。少し、痛い。
「…ばか」
涙声でそう言って私の背中に腕を回してくる。少し、ぽてぽてしていて優しい手。母親の手だ。
「あんた、そんなこと考えてたの?記憶がなくてもミナミはミナミよ」
「お前は、俺達の大事な家族に変わりはない」
父親の手がポンと方に置かれる。
私は母親にしがみついて泣いた。
恥ずかしいと思ったけどやっぱり涙を止める術はなかった。


「どうして今日は来るの遅かったの?」
泣いてスッキリした私は聞いてみる。
「それは…ちょっと、ね」
「お母さんがケーキ作って焦がしたんだよ。今持ってきたのも十分不細工なケーキだけど」
歯切れの悪い母親に代わって弟が笑いながら私の問いに答える。
「…お母さんて、不器用なんだね」
ぐちゃくちゃで不細工なケーキを想像してふふふ、って笑うとハッと息をのむ音が聞こえた
「…初めてお母さんって呼んでくれたね、美波」
そう、私はずっとお母さん、お父さん、湊って呼べずにいた。
優しくしてくれるのに私は何もわからなくて罪悪感みたいなものを感じていたし距離がある気がしていたから。
私は無意識で目の前にいるこの人をお母さん、と言った。本当の意味でこの人達と家族になれた気がする。


「ね、私って、何歳?」
「16歳だよ」
「違うって、1歳だって言ったじゃん」
「なにそれ?」
「新しい姉ちゃんの1歳の誕生日」
「湊がいいこと言うからね、久しぶりにロウソク消すアレがしたくなったの」
「そっか…湊、いいこと言うね」
そう言うと湊はそうだろ、と得意げになる。だけどなんとなくわかる。照れてるんだなぁって。
「ケーキ、早く食べたいなぁ。ロウソクやろうよ」
「うん、でも美波は食べられないわよ」
「えっ私食べちゃいけないの?」
「入院してるんだから駄目に決まってるでしょ」
そうだった。残念。形は不細工でもきっとおいしいケーキなんだろうなぁ。
だって、他でもないこの私のために作ってくれたんだもん。

パチリと電気を消す音がする。当人である私にとっては変わらないけどそこは雰囲気らしい。
ライターで火をつける音が聞こえる。どうやら本当にロウソクは一本みたい。
「ね、ケーキまでの距離ってどれくらい?」
私が言うとお母さんがそうねぇ、と少し悩んだ後で私の腕をそっと掴む。
そして私の掌から肘の関節までをなぞるように指の腹で撫でた。
「これくらい」
私はお母さんがしたように自分でなぞってみる。
「そっか、わかった」
見えないけど、目の先には不細工なケーキが思い浮かんだ。
すうっと空気を吸って、私は勢いよく息を吹き掛けた。
ボッ、と火が消える音と同時に拍手が響く。

1歳の誕生日おめでとう、私。
「お父さん、お母さん、湊。ありがとう」
その時、私の見えない目に3人の笑顔が見えた気がした。



11/02/25

勢いだけで書いたものです。小説っぽい何か。突っ込みどころは多々あれど消すのもアレなので´`


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