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「棗、今日は付き合わせてごめん」

しばらく無言だった帰りの車の中、沈黙を破ったのは馨だった。

「…母さん」

「何?」

「アイツ、誰?」

「誰って…、あたしがあの子に言ってるの聞こえてたかもしれんけど、佐倉蜜柑」

「じゃなくて、どういう関係?」

馨の顔は強張る。明らかにいつもと違う様子。―何か隠したがっている、と棗は思う。

「…俺、アイツのこと知ってるような気がするんだよ」

「え?」

「顔は、知ってた。」

「どこかで見たことあるん?」

馨は驚いた顔で問う。棗は言うべきか言わざるべきか迷うが、ボソリと答える。

「…夢」

バカらしいけど、と棗は付け足す。なんとなく、こんな話をするのは気恥ずかしかったからだ。
しかし棗が予想していたどんな反応とも違い、馨は「そっか」とだけ呟いた。
そして、ポツリポツリと話し出した。

自分も夫も生まれた時からアリスという特別な力を持っていること。
成人までをアリス学園という全寮制の隔離された学校で過ごしたこと。
アリス学園には、危険とみなされるアリスを保有する生徒を集めた特別能力系クラスがあり、
先程のような身に危険が及ぶ“任務”に連れ出されること。

そのどれもが、今まで平凡に過ごしてきた棗にとっては信じがたいものだった。

「そんなことが日本で本当に…」

「あるや、それが」

残念ながら、と馨は首をすくめて左手で棗の膝の上にある鞄に触れる。
運転をしながらなので、ほんの一瞬だけ。

「…ふーん。この間、アンタ吉田さんに告白されたんかぁ。やるな、さすがあたしの息子。
そして葵にはホモではないかと、いらぬ心配された、と」

それでも彼女のアリスは優秀なので、鞄に残っている記憶を読み取った。

「なん…、で、それを」

「これがあたしのアリスやから。触れるだけで、それが保有する記憶を見ることができるんや」

「……」

「もちろん、意識を集中させな見えへん。親子でもプライバシーはあるからな。心配せんかてええよ」

安心しながらも棗はそういえば、と思い出す。
幼い頃、自分に関するどんなことも母親は知っていた。
体育で何をしたかだとか、給食のおかずが何だったかだとか、それこそどうでもいいことまでも。
それはそういうことなのだろうか。

「じゃあ、父さんはどんな力を?」

「炎のアリスや。火を出すことができる。…まぁ、ダーリンの場合は力が弱いし、いつなくなってしまうかわからへんけど」

「アリス…はなくなるモノなのか?」

「…うん、力に底があるアリスのタイプだった場合、と、あとは人為的に…とった場合」

馨は、歯切れ悪く話す。
“いつなくなってしまうかわからへんけど“
その言葉に、ふとある考えが頭をよぎる。
今日、ここに連れて来られた意味。自分を見て泣いた少女。

「…俺もアリスだった……?」

まさかと思いながらも棗は声に出さずにはいられなかった。

「……そう、やな。」

「!それは、どういう…」

「棗が知りたいのなら、全部話す。でも、少しでも戸惑うのならやめた方がいい。
…ゆっくり考えい。あんたに背負わせたくて今日、連れてきたわけじゃないから」

「……」

馨の口ぶりからは、深刻なことであるように受け取れる。
自分が知ってどうなるのか、棗にはわからなかった。
ただ、さっきから、泣いていた“佐倉蜜柑”という少女の顔が頭から離れずにいた。







10/12/22


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