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家に着きしばらくすると、母親である馨が帰宅した。
仕事で家を空けていたので、約一週間ぶりであった。

「お母さんおかえり!…って、どうしたの、びしょ濡れじゃない!」

玄関まで出迎えに行った葵が声をあげ、お風呂の準備するね、と言う。
そして廊下を走りひょっこりとリビングを覗くと「お兄ちゃんはタオルね」と言い残す。
棗は仕方ないとばかりに手に持っていたペットボトルの蓋を閉め、タオルを持っていく。

「ん」

「ああ、ありがとう」

母親の様子がなんとなくおかしいということに棗は気づく。
雨に濡れているだけじゃない。コートには焦げたような跡もあるし薄汚れている。
それに、いつもとは明らかに様子が違うのだ。
ありがとう、そう言って彼女は小さく笑ったがそれはとても不自然に思えた。



「…どうかしたか?」

「え…ちょっと、な」

馨はその場を取り繕うとはしたが、諦めたようにため息をつくと口を開く。

「…なぁ、棗。頼みがある」

「なんだよ」

「…今週の日曜日、あたしの仕事について来てほしいんや」

「…は?」

突然のことで棗は驚いた。
どんな頼みかと思ったが、あまりにも突拍子もないことだったから。
母親の仕事については詳しくは聞かされていなかったが、
彼女は危険な仕事をしていると自分でよく言っている。
幼い頃、葵とついて行くと言って駄々をこねたことを棗は今でも覚えている。
そんな時、決まって母親は首を横に振った。絶対にダメだと言いながら。


意味がわからずにいたが、あまりに真剣な様子なので棗は深くは考えずに頷く。

「別に、いいけど」

「…ありがとう」


風呂場からは上機嫌な葵の鼻唄が聞こえてくる。
なんとなく棗は、その陽気な鼻唄は今の状況にはそぐわないような気がした。






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