目覚めたら、頬には涙の跡があった。またか、と棗は思う。 1年ほど前から、同じ少女が夢に出てくるようになった。 茶髪で大きな目をしている、子犬みたいに落ち着きのない少女。 棗は、その少女に見覚えはなかった。現実では会ったこともない。 それなのに夢の中の自分はとても愛しそうにその少女を見て笑う。 これは前世か何かなんじゃないかと、棗はふと思う時がある。 大人びた彼にしてみれば、それは幼稚で馬鹿馬鹿しい考えにすぎなかった。 しかし、夢の中のことであるのに、どこかそう割り切れずにいる自分に棗は気づいている。 この夢を見ると穏やかな気持ちになると同時に頭が痛くなる。 棗は鉛のように思い体を起こすのだった。 「おい、棗っ!」 学校に行って教室に入るなり彼の友達が数人が寄ってくる。 「お前、昨日吉田に告られてフッたってまじかよ?」 「あー…まぁ。てゆうか、何で知ってんだよ…」 棗はため息をつく。こういった情報は、思っている以上に広まるのが早い。 昨日の放課後で、翌日の朝にはこれかよ、と彼は思う。 「吉田っつったらうちの学年で一番かわいくね?」 「もったいねぇよなあ。棗ってモテるくせになんで最近彼女つくらねーの?」 「…なんとなく」 そう答えると、友達たちはまたブツブツと何かを言う。 そんな友達たちを横目に、棗は考える。 興味がない、という訳ではない。 そりゃ、俺だって健全な中学生なわけで。 だけど、いざそういう場面になると"違う"と思う。 何が違うのかは本人にもよくわからないが、本能的にそう思ってしまうのだ。 棗は席につくと頬杖をついて、窓の外をぼんやりと眺めてみる。 窓際の一番後ろの席は彼の特等席だった。 雨が降りはじめ、空は厚い雲に覆われている。 |