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「ほらほら!棗、葵早く起きい!」

日曜日の朝、馨は息子と娘を起こす。
ようやくリビングに来た2人は眠そうな顔をしている。

「はい、馨さん」

「ありがとう、ダーリン」

一応画家ではあるが、ジャーナリストの妻を支えほぼ専業主夫である馨の夫は
優しい笑みを浮かべながらテーブルに皿を並べる。
息子も娘も中学生で難しい年頃ではあるが、平和で幸せな家庭だった。




自分達の子供がアリスでないと悟ったとき、馨は安心した。
学園に追われることもなく、自分達の手で愛する我が子を育てることができる。

その一方で不思議に思った。
もちろん、両親がアリスなら生まれた子供は絶対にアリスだと決まっている訳ではない。
確率的には高いだろうが、そうでないこともあるのだと思う。

―しかし、何か違和感すら感じてしまう。この違和感が何なのかは、わからない。








「じゃあ、行ってきます」

「気をつけて。棗と葵のことは任せて」

「うん、頼むわ。2人とも、お父さんの言うこと聞いて手伝いもするんやで?」

葵は、はーいと可愛らしく返事する。
棗は無言のままだったが、反抗期だから仕方がない、と馨はクスリと笑う。



アリス学園を卒業して15年以上経ったが今も学園とは少なからず関わりを持っている。
あの"檻"の中で苦しむ生徒をなくしたい。
そんな思いからアリスを使って様々な活動をしていた。

今日向かうのは、学園が危険能力を持つ生徒を任務として連れ出して来るであろう場所だった。




木々の間から、アリス学園の制服を身に纏った少女が見えた。
息子、娘と同じ年頃だろうか。茶色い艶やかなロングの髪をツインテールにした女の子。
幼さの残る可愛らしい顔立ちだがその表情は氷のように冷たく瞳は光を宿していない。
なぜだかわからないが、自分が知るある人物とだぶって見えた。
同じ色をした、長い髪を持つ親友であり後輩である…




その時、ガサリと音をたててしまった。馨は身構えた。
いくら子供一人と言っても任務をやらされている生徒だ。


「だれ、」

少女の冷たい声が小さくきこえ、気づいたときにはその姿はすぐ後ろにあった。

「っ!」

「―…!」

馨は逃げようとしたが、その少女は表情を変えた。驚いたようにも、泣きそうにも見える。
そして、口が動く。
声にはなっていなかったが、確かに今、彼女の唇は、かおるさん、と自分の名を紡いだ。

「なんで、あたしの名前知ってるんや」

そう言うと、少女の大きな目から涙がこぼれ落ちた。
走り去ろうとする少女の腕を馨はつかんだ。たくさんの記憶が、溢れ出すように見える。

「あんた…―」

見えて、しまった。

少女は黙り込んだが、ゆっくりと口を開いた。
馨のアリスを知っており記憶を読まれてしまったと感づいたのだろう。


「…棗は、元気ですか」

「元気や」

「葵ちゃんは…」

「元気」

「…幸せ、ですか?」

真正面から馨の目を見る。この瞳を知ってる、と思う。
さっき、少女とだぶって見えた…安積柚香と同じ目。
彼女は安積柚香の娘なのだと馨は直感した。
触れた彼女の腕から悲しいすべてがわかってしまった。
触れた時間はごくわずかなのに一生分くらいに長い記憶が体の中に流れこんできた。

彼女が誰なのか、自分の子供達がなぜアリスでないのか、
自分がなぜ生きているのか、この子が何をしたのか…。


「幸せや。…家族4人で、平和に暮らしてる」

そうですか、と言うと彼女は泣きそうな顔で笑った。





ああ、なぜこの子がこんなにも苦しまなければならないのだろう。
自分達家族の平和と幸せはすべてこの子の幸せと引き返えだったなんて。

馨は、気づいたら彼女を抱きしめていた。

「ごめんな、…絶対にアンタを学園から助けるから、」

少女は驚いたような顔をしてふるふると頭を横に振った。

「…棗の幸せが、ウチの幸せなんです」

だから、自分はいいんだと馨の言葉を遮った。



なぜ、どうして。馨の頬に涙が伝った。

「…やからもう、学園とは関わらんといてください。
あなたとあなたの行動を疎ましく思ってる人がいるんです。」

真っ先に初等部校長の顔が頭に浮かぶ。だけど、それでも…

「あたしはアンタを救いたい。後悔やって…してるんやろ?」

彼女は必死で頭を横に揺らすがその表情からはそれが嘘だとわかる。

「……“家族4人の幸せ”なのに、馨さんの身に何かあったらアカンやないですか」

彼女は抱きしめられた馨の腕をゆっくりと解いて、笑った。
そして、目の前から消えてしまった。


「…絶対に、助けるから」

おそらくは瞬間移動の能力で消えた彼女に向かって馨はポツリと呟く。


夜を迎えた森は一層暗くなり夜空の小さな星屑でさえ眩しく見える。




世界が変わった理由

(誰かの犠牲の上にある幸せをわたしは本当に愛せますか?)


09/09/03


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