(棗×蜜柑)※死ネタ注意 ↓ ↓ ↓ ↓ 葬儀や出棺、初七日と今日すべきこと全てを終えてようやく自宅に帰ると、蜜柑は着替えることも出来ず喪服のまま寝室に座り込んだ。 喪服がシワになるな、まぁでもクリーニングに出すのだからどうでもいいやとぼんやりと頭の隅で考える。 葬儀には多くの人が来てくれた。誰もが彼の早すぎる死を悼み、蜜柑のことを励ました。 蜜柑は一人一人に感謝の気持ちを伝えるだけで精一杯だった。 共に自宅に帰った、小さく軽くなった彼をそっと膝にのせて抱き締める。 その途端に堰を切ったように涙が溢れて止まらなくなった。 −いつかこんな時が来ることはわかっていた。 そしてそれがそう遠くない将来のことであることもわかっていた。 普通の夫婦のように、当たり前のように何十年という長い年月を連れ添って共に年老いていくことはできないのだと初めから……結婚する時から覚悟はしていた。 けれども。 人はこんなにも泣けるのかと言うほどに涙は止まらなかった。 体の水分がなくなってしまうのではないかという長い時間、蜜柑は泣いた。 そうして部屋が暗くなっていることに気づくとはたと我に変える。 「あの子らのご飯の用意せな……」 蜜柑には、二人の幼い子供がいた。双子の兄妹は、まだたったの五つだ。 自分がしっかりしなければ。棗の分まで、あの子たちを愛して大切に立派に育てていかなければ。父親を亡くした二人には、もう母親である自分しかいないのだと蜜柑は自分に言い聞かせる。 しかし、どうしたことか、身体が動かない。立ち上がろうとしても足に力が入らない。それどころか膝の上の彼を抱きしめた腕を解くこともできない。 その時、寝室のドアが静かに開き、細く光が差し込んだ。 幼い兄妹が中をそっと覗き込んでいる。 「ママ……」 きっと、お腹を空かせているに違いない。帰宅して数時間、二人を放置していた自分に蜜柑は愕然とした。 かわいそうなことをしている。二人はきっと、父親の死を理解できてはいない。 この膝の上の、この小さな箱の中身こそが父親であるだなんてきっとまだわからない。 それなのに、母親の自分が子供を放ったらかしてこんなことをしていていいはずがない。 「梓、花梨……ごめんな。お腹空いたよな」 そう声をかけると、二人はゆっくりと遠慮がちに部屋の中に入ってくる。 「ママ……だいじょうぶ?」 「うん、ごめんな。あのな、二人にはまだよくわからんかもしれんけど、パパな、遠くに……お空に逝ってしもうたんや……」 蜜柑は今に至るまで二人に棗の死を伝えることができずにいた。言葉にすることがつらかった。幼い二人に上手く伝えられる自信もなかったのだ。 「うん」 「パパは、お空で花梨と梓とママのことずーっと見守ってくれるんやもんな」 「……えっ?」 二人は言うと、蜜柑の背中を優しくさすったり頭を撫でたりしてくる。 「だいじょうぶだよ。ママにはぼくと花梨がいるから、ぼくたちがママのこと支えるよ。だって、パパと約束したもん」 蜜柑は目を見開く。二人がいったい何を言っているのかがわからなかった。 「約束……?」 「うん!」 「パパはお星様になったんやろ?パパね、言ってた。ママはほんとは泣き虫だから、花梨と梓がいっぱいママを笑わせてあげてって」 「パパはぼくたちのこと大好きだけど、一緒にいたいけど、お空に行かなきゃいけないって。でもずっと見守ってるからあんまり泣かないでって言ってた」 ぽろぽろと二人は静かに涙をこぼしながら、けれどもしっかりとした言葉を紡ぐ。 幼い子供だと、父親の死などまだ理解できない年齢だと、そう思っていた蜜柑は驚いた。 この子達は幼いながらも父親の死を理解している。 そして棗は、自分の知らないところで子供達にちゃんと伝えていたのだ。近く自分が死にゆくこと、家族を愛していること。 「……パパがいなくなって、寂しいな。悲しいな。でもなぁ、ママは幸せや。梓と花梨がいるから。……おいで」 蜜柑は震える手でそっとお骨を脇に置くと、両手を広げる。蜜柑の胸に飛び込んできた二人は、糸がぷつりと切れたように子供らしく声をあげて泣いた。 二人が葬儀でも出棺の時にも泣かなかったのは、父親の死が理解できなかったからではなかった。ただずっと、我慢していたのだ。 「ママばっかり泣いてごめんな。泣き虫でごめん。一緒にいっぱい泣こう、いっぱい悲しもう」 三人でどれくらい泣いていたか。梓と花梨は泣き疲れてそのまま眠りに落ちてしまった。蜜柑は二人を順に抱きかかえて布団に寝かせる。普段から抱き慣れているはずが、かかえた二人は思っていたよりもずしりと重かった。それはきっと二人の命の重さなのだ。 「……こんなに小さいのに、もういろんなことがわかるようになったんやなぁ……」 すべすべとした頬も、丸い額も、まだ赤ん坊のようなのに、二人は想像以上の速さで成長している。そして自分より、棗の方がそのことに気がついていたのかもしれなかった。 蜜柑は、いろいろなことを思い出す。 棗との出会い、決して楽しいことばかりではなく波乱や困難も多くあったアリス学園での生活、学園との別れ、棗との再会。 ー初恋だった。強力な忘却のアリスを使われても尚完全に消し去ることなどできなかった、それほどに強烈な想いだった。 準アリスとしての二度目の学園生活を経て結婚し、数年後には双子が産まれた。 今では二人が愛おしくてたまらないが、双子を妊娠した時、蜜柑はわずかに躊躇った。 自らの出生やアリスのことを考えると子供たちの将来に不安を覚えたのだ。 不安で揺れる蜜柑に、棗は迷いのない瞳で言ってくれた。産んで欲しい、と。 たとえどんなアリスを持って生まれてきても、自分たちが守っていけばいいと。子供たちを安心して通わせることのできる学園に変えていこうとも。 今のところ、梓は炎のアリスを、花梨は直感のアリスを所持していることがわかっている。無効化や盗みのアリスの有無は現時点ではまだわからない。 蜜柑は本棚からアルバムを取り出すと、その中に生きる棗の姿をじっと見つめる。そして写真の彼を指先でそっと撫でてみる。 最後に触れた、冷たい、けれども美しい彼の顔を思い出す。たった数日前のことだ。 「まだしばらくは泣いてしまうやろうけど、ちゃんと前を向いて生きて行くから。二人を立派に育ててみせるから。見守っててな。……棗、愛してるよ」 また涙がこぼれ落ちたけれど、蜜柑の瞳には強い決意の炎が灯った。 2021/01/24 |