寝ちゃいましたね、うとうとした意識に柔らかい声が聞こえて新八を見る。どうやら洗い物を終えて戻ってきたらしい。相変わらず烹着姿がよく似合っている。ゆっくり身体を起こしながら新八の視線を辿ると、お妙が寝ていた。
「珍しいですね」
「…だな」
いつもしゃんとしている背中はまるく曲がり、頭が腕の中に沈んでいる。静かだと思ったら。ちなみに神楽も隣で爆睡している。肌寒さを感じて、今何時だと思ったが知ってどうなるわけでもないのでそのまま黙る。コタツに入り込んでぬくぬくと寝ている神楽に目をやっていると「僕、毛布持ってきます」と新八の声が聞こえた。お妙のためだろう。コタツに伏せただけで上半身は確かに冷えそうだった。
いそいそと割烹着を脱ぐ新八の顔は綻んでなにやら嬉しそうだ。シスコンめ。内心で少し毒づきながら腰を浮かせた。
「いいよ、お前は」
「え?」
「オレが持ってくる。ついでに神楽の分の布団も敷いてくるから」
「どうしたんですか銀さん」
「交代、お前も休んどけ」
「あ、ありがとうございます」
今日はなんか優しいですね、不思議そうな新八を軽く流して居間を後にする。
(さむ、)
ひんやり冷たい空気に身体がぶるりと震えた。来週あたり雪でも降るらしい。突き刺す寒さは一年の終わりと、始まりを感じさせる。今年は穏やかだ。
適当に布団を引っ張り出しながら、ぼんやり去年の今頃を思い出す。なんだっけ、確か去年も鍋でバカ騒ぎした後、同じように神楽が爆睡して、新八が片付けをして、…あれ、びっくりするほど変わんねえな。訂正、今年も穏やかだ。
「銀さん」
「…あれ、お前、起きたの」
きれいに通る声に振り向く。
ちなみにお妙用に見覚えのあるブラウンの毛布を引っ張り出したところだった。お妙の香りがしたからこれでビンゴなはずだ。
「ええ、銀さんが毛布取りにいったところって、新ちゃんが」
すいません。軽く頭を下げられて、それを見る。少し乱れた髪と抱えた毛布の香りに、穏やかな気持ちはすっと去っていく。
「これ、毛布」
「え?」
「なんかお妙のにおいがする」
「やだ、変態」
思いきりしかめられた顔に、ああ余計なことを口走ったなと後悔。元の場所に戻して、並んで居間へと歩く。寒いですね、寒いな、でもアイス食べたいです、寒いだろ、アイス好きなんです、知ってっけど、
たわいもない会話でもどこか落ち着かないのは今に始まったことではない。去年も似たようなこと言って、夜中にアイス買いに行かされたんだ。忘れてたけど、そんなことがあった。
「銀さん、確かアイス持ってきてくれてましたよね」
「んーまあ」
そうか、何となく気まぐれで持ってきたつもりが、そういうことか。何だかんだで、一年経つのだ。冷えた空気も見上げる夜空も変わらないようで、ただこの家から見る景色は馴染んでいく。
「あ、おかえりなさい。なんかすみませんでした銀さん」
「おう」
「わたしアイス食べたくなっちゃった」
そう言うと、お妙は座らずにまっすぐ冷蔵庫へと向かう。「アイス、あったかな」新八の独り言を聞き流しながらコタツに足を入れるとじわっと温もりに照らされた。コタツ最強。
「それじゃ僕、神楽ちゃん運んできますね」
「おお」
神楽は一度深い眠りに落ちたらちょっとやそっとじゃ起きない。新八もわかっているのか、やや乱暴に引きずり出して抱えていく。
「てゆうか、アイスなかったら買いにいかされるんじゃ」
「いや、俺ちょうど持ってきてたから。それより」
それより、このくそ寒い中アイスを食べたいと言い出したということは。コタツじゃなく縁側かもしれない。そんな景色を見たことがある。
「毛布」
「え?」
「毛布持ってきてやって」
「……はあ」
俺はきっと、あいつの隣に座って溶けないアイスを眺めるだけで、冷える体を温めるのはあの毛布になる。踏み出さないのも生ぬるく時間を重ねるのも、自分の弱さなのに。なのに、たまに見せる彼女の無防備さに助けられて、まだ甘えている。
銀さん。名前を呼ばれて視線をやると、にっこり笑うお妙の手にアイスが二つ。
「ハイ、縁側で食べたいです」
「…へいへい」
「月が綺麗ですよ」
風が冷たくて痛い。それでも綺麗に見えた月が嬉しいのか、隣で笑う表情が無邪気に照らされて、この景色は幻想のようだと思った。抱き締めたくなる。寒くて、いや、寒くなくても。愛おしくて。
「…え、ちょっ、二人とも。なんてとこで食べてんですか。風邪引きますよ」
「あら新ちゃん、来たの。一緒にどう?」
「どうって僕は別に…」
ブラウンの毛布をお妙にかけながら新八はなぜか不可解そうにこちらに視線をやる。何もしてねーよ、シスコンめ。
「…俺、月は雲に隠れてるくらいがちょうど良いと思うんだけど、どうだろう新八くん」
「いや知りませんよ」
ちょうど良いんだ。
111206
もう師走ですか