外に出るとすっかり薄暗い。随分時間が経ったのだなとちらりと空を見上げて、ひんやりとした空気に秋を実感した。
迷いなく足を進めた沖田は、小綺麗な格好をした神楽の少し後ろに立った。ぼんやりと前を向く彼女は自分の存在に気付かない。

「バカじゃねえの」

アップにした髪とドレスのせいで見えるうなじに向けて乱暴に言葉を出すと、ゆっくりと神楽は振り向いた。そのやたら緩慢な動きに沖田は眉を潜める。目が合って、睨まれた後「んだよほっとけ」といつもより低い声で返された。その目に涙はない。

ほっとけたらこちらも苦労しないのだ。ため息をつきたい気分だが今日の雰囲気に合わない気がして躊躇した。


「今日、楽しかったか?」


見ろよコレ!と嬉しそうに招待状を見せびらかせに来たのは2ヶ月前。かわいいドレス買ったと報告してきたのは1ヶ月前。いくら包めばいいのかと相談してきたのは2週間前。
よほど張り切ってんだなと思ったが、別段そういうわけでもなかったらしい。


「料理はうまかったネ」
「あ、そう」


どう考えても当日の今日が一番、表情がかたい。というより、かたくなっていったように見えた。

「テメーは色気より食い気だもんなァ」

からかうように言うとまた睨まれる。意志の強い大きな瞳が、頑なに自分を拒絶しているようで気分が悪い。その瞳から涙でも出てれば良かったのに。


(かっわいくねえの…)

睨む神楽をじっと眺めながら思う。かわいくないけれど、メイクアップしたその姿は確かにかわいい。けれどそれは誰のために綺麗になったのか、誰に見て欲しかったのか、こいつは誰の隣にいたかったのか。
そう考えると似合ってるの一言も口に出来ない自分は小さい。そして今日、少なからずほっとしている自分はおそらく狡い。


「二次会行くか?」
「…行かない、帰るネ」
「帰るって、どこに?」


その言葉に神楽の表情が微かに歪んだ。やっぱり自分は狡いと思う。沖田はにやりと笑うと饒舌に言葉を並べ始めた。

「花嫁、綺麗だったなァ。ウェディングドレスってのはどのドレスにも勝るもんだ」
「……」
「旦那も幸せそうだったし、ありゃ誰も付け入る隙ねえな」
「……」
「いやあ、あの2人には適わないなァ、チャイナ」


同意を求めてチャイナと呼ぶ沖田の顔はとても意地悪い。サディストゆえ本人もそれを隠そうとしないところがたちが悪い。神楽のかたい表情が少しずつ崩れていく。そのまま泣けばいい。泣けばいいのに。

(泣けよ、そしたら、俺が)

無意識に上がった腕が彼女の顔に近づき、掌が頬を包む。白く、柔らかい、女の肌だ。
だけどアンタの想い人はアンタを女だと思ってない。


「…わかってるアル!」


言葉とともに払いのけられた手にズキンとどこかが痛んだ。だけど彼女の痛みはこんなものではないだろうと考える。だったら来なければ良かったのに。


「バカだよな」

本当に好きだったのだろう。彼女の真っ直ぐで強がりなところは嫌いじゃないが、それにイラつくことはある。例えば今日一日、絶やさなかった笑顔とか。落ち込んでるのを見せまいとする今の姿とか。
バカ、本日三度目のバカを小さく吐くといよいよ目の前の瞳が潤んできた。


「お前、マジで、ほっとけって」
「だからほっとけねーんだって」





おわりたくない
おわらせたい
おわれない






沖(→)神→銀
111006