この人はときどき本当にわからない。


「…ちょっと、何やってんの」


突然、後ろからずしりと肩辺りに衝撃が走って、両手に持っていた仕事用の資料を落としそうになった。それに気を取られ振り向くタイミングを逃してしまったので足だけは止める。うめき声のような、よくわからないふぬけた声がやたら近くで届いたのでその犯人はすぐにわかった。

頭突きだ、達海猛の頭突き攻撃だ。


「……」
「…あのー?」
「……」


もしもし?無反応ですか。
肩に置かれた頭が視界でも捉えられて、首筋に達海さんの髪先があたる。何をやってるの、この人。くすぐったくて振り向こうとしたが動く気配がない。というか、重い。


「た、達海さーん?頭重いんだけど」


自分のデスクに行って、この資料を置きたい。反応のない頭からは静かな呼吸音だけが聞こえて、だんだんと熱くなる。
だけど振り返ることも前に進むことも出来ないのはちょっと。クラブハウスの廊下で立ち往生ってどういうことだ。


誰かが通ったらどうするの。いやむしろ、誰かきてほしい。こういう時は後藤さんだ。後藤さん!ETUの頼れるGM!後藤さーん!達海さんがおかしいです!おかしいのはいつもだけど置物のように動かないんですけどー!


「……有里」
「!は、な、なに?」
「今なに考えてた?」
「え、何って、」


わたしのアホな心の叫びが聞こえたのかもしれない。達海猛とはそういう男だ。
いつもより低い声で名前を呼ばれれば動揺するのも仕方がない。その静かな声が、直接身体に振動してわたしを熱くさせる。
羞恥と動揺で上擦ってしまった自分にさらに焦りながら、動かない頭に返事をする。

もう、この人、何なの。



「っ、だから、ETUのこと!わたしはいつでもETUのことを考えてます!」


十分近すぎる距離にいるのに、渦巻く感情を誤魔化すように出た大きな声は怒鳴り声のようだった。しまった、怒っているわけじゃないのに。達海さんの前だとどうしても振り回されるから、ついきつくなってしまう。

はは、
吐き出すような小さな声に一瞬息が詰まった。首筋にあたる髪が揺れたからきっと笑ったのだと思う。やっぱり近いよこの距離。達海さん、口を開こうとしたら、また小さな低い声が鼓膜に伝わる。


「うん、だよな」


その言い聞かせるような呟きと同時に肩の重みがなくなった。反射的に振り向くと、勢いがよかったのか近い距離で達海さんと目が合う。

「…っ…」
何かあった?

そう聞きたいのになぜか喉に言葉が詰まる。見つめるだけになったけど達海さんも何も言わない。ただ、さっきの呟きがやけに耳にこびりついて、ゆるく笑った達海さんの感情が全く読めなかった。




あたってしまえ


何事もなかったように去っていく達海さんの背中はいつもと変わらない。(あの優しい目はなんだったの)






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無自覚有里と迷う達海


110915